*** 2018年1月3日 新春の遊行寺 ***

1.境川1
(西俣野上流側)
2.境川2
(西俣野下流側)
3.境川3
(東俣野下流側)
4.東俣野の田園地帯 5.境川4
(藤沢清流高校付近
下流側)
6.遊行寺惣門 7.いろは坂 8.大銀杏1 9.本堂1 10.本堂2
11.本堂3 12.手水舎 13.一遍上人像1 14.一遍上人像2 15.屋台1 16.屋台2 17.万葉苑1 18.枯れたハナナス 19.放生池1 20.太鼓堂
(放生池)
21.放生池2 22.ハクモクレン1 23.ハクモクレン2 24.御番方1 25.御番方2 26.中雀門1 27.中雀門2 28.鐘楼 29.墓苑への道 30.酒井忠重
逆襲六地蔵と本堂
31.酒井忠重
五輪塔と本堂
32.遊行寺の坂 33.大銀杏2 34.大銀杏3 35.旧ドリームランド
の夕焼け1
36.旧ドリームランド
の夕焼け2
37.境川&
宇田川合流点
38.富士の夕焼け1 39.富士の夕焼け2 40.富士の夕焼け3

 1月3日(水)正月三箇日の最終日、箱根駅伝もゴールを終え、その応援で賑わった"遊行寺の坂"も静寂を取り戻したと思われたので、1年振りに境川遊歩道を通って、"遊行寺"に向かう。本日は雲一つない晴天であり、ここを散歩する人々も少なからず見かけられるが、それよりも多くの"ローディー(ロードバイクに乗る人)"が猛烈なスピードですり抜けていく。一方、路面には、"歩行者優先"マークが随所に見られるものの、実際はその逆で、通行区分帯も自転車に合わせて、左側通行になってしまっている。ただ、ローディーが左側通行を遵守する限り、歩行者との正面衝突を避ける意味では、この方が安全と言えるかもしれない。
 15:28、1時間20分程で"遊行寺"に到着する。惣門を潜り、緩やかな四十八段の石段(いろは坂)を登っていくと、眼前に壮大な本堂が現れる。その手前の大銀杏付近では、多くの屋台が列をなし、店仕舞いの時間帯とあって、しきりに呼び込みを行っている。これを振り切り、本堂で参拝したのち、暫し境内を散策することにする。境内西にある庭園"万葉苑"に入ると、真っ赤な"ホオヅキ"のような鉢植えが目に留まる。何れも萎れて役目を終え、隅に追いやられた感がある。改めて画像を眺めてみると、"ミニトマト"のようにも見えるが、どうやら観賞用の"ハナナス(別名ソラナムセンセーション)"のようである。次に、庭園奥の"放生池"に立つと、頭上にびっしりと蕾を付けた"ハクモクレン"が確認できる。更に、信徒の入口となる"御番方"他の重厚な建物を撮影して、"酒井忠重逆襲六地蔵(2017年1月5日参照)"に向かう。"酒井忠重"は中々の悪党であり、当時脅し取った大金2万両の一部が、萬治3年(1660年)の"六地蔵"及び"五輪塔"、更には翌年の"万日堂"建立に充てられたのは、言うまでもない。ただ、当寺にとっては、嘗ての有力な寄進者であり、今も大切に葬られていると思いきや、何と供花の菊は造花のようである。これも、時代の趨勢であろうか。ここから、3時間程前に箱根駅伝で賑わった"遊行寺の坂"に回ると、幟や旗は跡形もなく撤去されており、日本人の後始末の良さにある意味感心する。最後に、樹齢700年と言われる大銀杏を撮影し、帰路に着く。
 16:28、境川遊歩道を東俣野まで戻ってくると、東の空が茜色に染まっている。枕草子を捩ると、『冬は夕暮れ、紫だちたる東の空、いとをかし。』というところか。更に西の空の夕日を求めて、急いで俣野公園まで戻ってきたものの、既に太陽は西の山に没した後である。それでも、夕闇迫る空に浮かび上がる富士が、何ともメランコリーな雰囲気を醸し出している。清少納言も見たこともない風景と考えられ、彼女ならどう表現するか、興味の湧くところであるが、この辺りで留め置くことにする。機会があれば、真っ赤な夕日も狙ってみたい。

★活動量計データ(上り階段数:100,早歩き歩数:19,598,総歩数:21,811,歩行距離:17.6km,活動カロリー:1,239kcal,一日総消費カロリー:2,968kcal,脂肪燃焼量:86.7g) 

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