■MAC OSX Tigerへ MACのOSを10.42に移行する。 MAC OS-X Tigerと呼ばれているもの。 システムを9.2からXにしたときほどの大きな変化はないものの、 システムをバージョンアップするというのは少しばかり緊張してしまう。 今まで使っていたソフトやデータが使えなくなったら… という恐れと面倒さ。 しかしこれほどシステムのバージョンアップが頻繁に起こり、 処理能力や利便性がどんどんアップしていくということは その開発者も大変なはずである。 ■やっとDVDが焼けるように ついでにこれまで700メガまでしかデータ保存ができなかったので やっとDVDを焼けるようになり、4.7ギガまでのデータが カンタンに保存できるようになった。 今やDVD1枚が100円の時代である。 CDなどは30円ほどで買える。 そして身の回りが、音楽に映像にと、データの山が築かれていくことになる。 ぼくの小さい頃は、まだカセットテープさえなかった。 レコードがかけられるだけでとても不思議な気がしていた。 それがいつのまにか家の中が映画館のようにさえなるような時代に。 ■人は何を得ているか そうして「道具」は急速に進んできているなかで、 人のなかでは何が変わってきたのだろうか。 おそらく基本的な能力を変化させることはできていないだろう。 ただ道具を使いこなせるようになっているかどうかくらいの違い。 それを使うことで失ってしまいかねない能力もあるはずである。 しかしそれにしてもコンピューターやメディアなどの発達で 個人が持ち得る情報が飛躍的に多くなったのは確かで それをどうしていくかというのが大きな課題になっている。 到底処理しえない山のような情報を得ることができる反面 それをしっかり把握できる部分は実際、そんなに多くはない。 むしろ、情報を得るための道具を使いこなすためには 多大な労力と時間が必要になってくる。 コンピューターのシステムひとつ変えるためでさえそうなのである。 そうなってくると、言い古されていることではあるが、 道具に使われてしまいかねないところがあるのである。 実際、音楽データなども今やぼくのまわりにも夥しく、 一枚のレコードを何回も何回も繰り返し聞くような そういう状況はほとんどなくなり、 多くの音楽が「データ」になっているところがある。 だからといって、「無人島に持って行く一冊の本」 とかいう発想をしてもしかたがない。 重要なのは、今自分がなにをしているか、を 見失わないことなのだろう。 情報という洪水が起こっても流されてしまわないように。 |
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