111〜120


風遊戯111●光と闇

 

あなたをさかのぼっていくなら

わたしはそこになにをみるだろう

決して知ることのできないあなたに

会えるのだろうかはたして

 

河は幾筋もにわかれ果てしなく

たどれる道さえもはや消え果て

消息はどこにもみあたらない

あなたの残したわずかな匂いの後を

こうして恋しくとぼとぼと歩くだけなのだ

 

わたしをさかのぼっていくなら

あなたはそこになにをみるだろう

決して知ることのできないわたしに

会えるのだろうかはたして

 

星ははじけかぎりなくまたたき

夜の天幕は数限りない謎を宿し

季節の花たちの声がささやくのが見える

わたしの残したわずかな声の後を

こうして恋しくとぼとぼと歩くあなたのそばで

ほんとうはいつもわたしはささやいているのだが

 

あなたはいったいだれなのですか

わたしにはわかりませんわかりません

けれど会いたいのですひたすらあなたに

わたしはいったいだれなのか

あなたにはわからないのだろうか

けれどわたしはいつもあなたとともにいた

ともに涙をながしともに笑ったのはわたしなのだ

 

あなたはひとりそれともふたり

わたしはふたりそれともひとり

ある夜にはひょっとしたらきこえるかもしれない

あなたとわたしのともに歌う歌が

けれど歌うのはだれ

そしてきくのはだれ

 

あなたをさかのぼり

わたしをさかのぼり

そうしてあなたとわたしの境が

ふつりと消えるときを夢み

あなたはわたしをさがし

わたしはあなたとのこえられぬ境を

ひしと抱きしめる

 


風遊戯112●本音のある情景

 

本音をきかせてくれよと語る人あり

 

 本音ということならば難しいと答える人あり

 

隠さないでその胸の奧にあるものをさあ

 

 胸の奧には十重二十重に穴ぼこが開いていてね

 皆目その先が見えぬのだ

 

難しく考えることあないんだ

ちょいとありていの気持ちをだな

 

 うむ玉葱の皮をむいていくとだな何が出てくる

 ありていでありたいと思っても

 その十重二十重も真実なのだから仕方ない

 

ならばだなその十重二十重を

聞かせてくれればそれでいいのだが

 

 聞かせるのはやぶさかではないが

 それはメビウスの輪というやつでな

 いつのまにかもとに戻っているというしろもので

 

難しいやつだな

やはりなにかを隠そうとしているのじゃないか

 

 隠すほどのものは何もない

 十重二十重はむしろ誤解を生むだけだがと言っているのだ

 

だから水臭いやつだというんだ

その十重二十重とやらをだよ吐き出しちまえと

そう言ってるだけなんだ

そう難しいことを言っているわけではない

 

 愛なんだよ愛

 そういう人がいるとするね

 これは何もいってないんだ実は

 単純なものは何もいったことにならないということ

 天使や神様であればわかろうというものだが

  

  しまいにゃ怒るぜ

  馬鹿にするんじゃない

  

   いや馬鹿になどしていない

   深刻じゃないけど真剣だ

   そして今話したことも本音の一端で

   本音を話したらこうなってしまうというやつさ

   


風遊戯113●未完成

 

未完成がぼくで

ぼくが未完成

完成されないことでぼくがあるのか

 

  シューベルト生誕二百年に

  ぼくは未完成交響曲を聴きくらべる

  行進曲のような

  ベルリンフィルのベーム

  気品あふれる

  ニューヨークフィルのワルター

  ロシア的霊性につつまれた

  レニングラードフィルのムラヴィンスキー

 

未完成が未完成であることの魅力は

あまりに語られすぎている

だがいったいこの魅力はなんなのだろう

  

  宮沢賢治の詩や童話の魅力も

  限りなく推敲を重ね

  そのなかで永遠のヴァージョンアップが

  試みられていることにあるようだと

  ある詩人は詩論を書いている

 

ぼくは因果交流電燈のひとつの青い照明です

すべてがぼくの中のみんなであるように

みんなのおのおののなかのすべてですから

ぼくは限りない未完成のなかで明滅しているのだ

 

  神の存在を証明しようとした神学者は多いが

  神は完全であることをいわんとして

  人間に自由がないことを証明した者もいる

  だが神秘学者は

  神は完全であり

  かつまた永遠の進化とともにあると

  語っていたそうだ

  もちろん人間の自由がその鍵になる

  

ぼくは未完成交響曲を聴きながら

ぼくの未完成について考える

未完成であるがゆえにぼくであることの意味を

そして少しだけ恥ずかしい顔をして

言い訳にしていることも認めながら

 


風遊戯114●遊戯の公案

  

  あなたになれないわたしはだあれ

  

    いっしょに泣いてくれという

    泣けない

    いっしょに笑ってくれという

    笑えない

    あなたとわたしのあいだには暗くて深い河がある

    渡し舟の船頭さんよどこにいる

  

  あなたになったわたしはだあれ

  

    あなたのとなりで

    花畑のなかに寝そべって青空を見てたら

    やがてあなたがいなくなって

    気づくとわたしもいなくなっていた

    いないいないばあ

  

  わたしになれないわたしはだあれ

 

    わたしを探して

    わたしのなかをおりていくと

    わたしがいなかった

    いったいどこにいったのだろう

    かえってきたらとっちめてやる

  

  わたしになったわたしはだあれ

  

    知らないわたしがやってきて

    わたしはおまえだという

    そんなことは知らないといっても

    にこにこ笑いながらいすわっている

    ふてえやつだがわたしが見つかった

    ところでわたしはだあれだれでしょね

 


風遊戯115●即興曲

 

    だれが歌っているのだろう

    どこからか歌声がきこえてくる

    

    大地から

    それとも天空から

    

    竪琴のように

    流れる心象の泉のように

    

    だれがきいているのだろう

    だれかが歌声をきいている

    

    胸の奥底で

    それとも私の黄泉のなかで

    

    反響するいのちの波紋のように

    共鳴する水の輻輳するきらめきのように

    

    歌が歌のなかで響いている

    あれはいったいどういうことなのだろう

    

    久しく失われていた歌が

    わたしの時空のなかに甦る

    

    この響きはいったいなんだろう

    わたしが歌声とともにある

   


風遊戯116●悲しみの河

 

    私の地底に悲しみの河が流れている

    私がそこから水を汲み上げるたびに

    発せられる声は私の声となって溢れ

    天へと向かう魂へと届けられるのか

 

    私の地底に悲しみの河が流れている

    河はどこから流れてくるのだろうか

    いずれ河を遡る旅にでることになる

    そんな思いが去来しては河は流れる

    

    私の地底に悲しみの河が流れている

    悲しみはどこに流れ込むのだろうか

    魂の暗闇にある地底湖のような澱み

    それとも限りない愛へと変容する泉

    

    私の地底に悲しみの河が流れている

    この河は誰の地底にも流れているか

    私だけの地底にだけ流れる密かさか

    限りなく流れ来たり流れ去るこの河

 


風遊戯117●彷徨

 

    どうしてしまったのか

    わからないが空は青く

    木蓮の花は鳥のように飛び立とうとする

    

    心の器はからっぽで

    だから歌でも歌っていよう

    その後でよろよろ歩くしかないのだが

    

    胸に空いた穴から

    しみだしてくる色とろどりの

    そしてモノクロームの記憶

    

    ああわたしはわたしだったねえ

    いつごろからわたしだったのかわからないが

    わたしをわたしとよぶらしい

    

    どうしてしまったのか

    わからないが空は青く

    わたしという存在が歩いている

    

    手をちぎれるほどふってみようか

    声を限りに叫んでみようか

    そんなことで胸の穴がふさがるならば

    

    ああわたしはわたしだねえ

    いつごろまでわたしなのかわからないが

    わたしはわたしのことらしい

    

    どうしてしまったのか

    わからないが空は青く

    わたしの血が青のなかに溶けていく

    


風遊戯118●旅へ

   

   さあ行こうはてしなき旅へ

   わたしは静かに手を振り

   青のなかの白鳥に挨拶を送る

   鳴き交わす声の波紋は湖面にひろがり

   底に眠る翡翠の珠はほのかに光る

   

   湖面に映るわたしの顔

   そしてその奧にあるもうひとつの顔

   わたしは大きく息をして

   空の彼方にひそかに輝く星を想像する

   まだ見ぬ星

   いやかつてそこにいた星

   

   雨のなかの花だったねえ

   一晩中風が吹いてたのさ

   大地だって揺れ続けているし

   近頃はめっぽう黄泉が元気らしい

   

   わたしは封印された言葉のほんとうの力を探す

   かつてあった言葉

   けれどいまはまだ発することのできない言葉

   愛なきゆえの叡智ではなく

   愛ゆえの叡智へと導くあの言葉は

   わたしの闇のはるかな湖底に眠るか

   

   さあ行こうはてしなき旅へ

   わたしは静かに手を振り続け

   もうひとりのわたしに挨拶を送る

   


風遊戯119●変容

   

   ああ叡智の国を去り

   黄泉へと向かう道は

   はなむけの言葉もない孤独な旅 

   

   だからこそ私は歩むのだ

   暗闇に向けてむしろ誇らかに

   叡智を孤独の血に変えて

   

   捨てるものは捨てねばならぬ

   捨てなければ得られぬものがあるのだ

   捨てることでしか変容できぬものがある

   

   黄泉は化学

   叡智がもはや叡智でなくなる化学

   だからこそ私はそこに赴きそして帰還する

 

   私が私であるという証としての血

   もはや叡智ではないこの血

   叡智を捨てて得たこの血

   

   私は思考する!

   ああ私が思考する

   私そのものが器になる

   

   孤独の血を悲しき喜びの杯に注ぎ

   それを恭しく差しだすのだ

   私を黄泉へと赴かせた者に

   


 

風遊戯120●口上

 

   さあさあ みなさんお立ち会い

   聞いてびっくり見てびっくり

   どんな人にも楽しめて

   とびっきりためになるという

   豪華絢爛 滋養抜群の大芝居だ!

   

   わくわくどきどきはらはら

   どきどきはらはらわくわく

   そして最後にとんだどんでんがえしの

   結末が用意されている(かもしれない)という

   見なきゃ損 聞かなきゃ損の大芝居

   

   しかも面白いのはそれだけじゃない

   見る角度によって違ったものが見えてくるという

   摩訶不思議なカラクリ仕掛け

   どののぞき窓から見るかでストーリーが変わってくるという

   噛めば噛むほど味わいがでてくるという代物だ

   

   神秘学のエッセンスをたらりとたらし

   現代の、いや特に日本の思想、宗教の根本問題に

   真っ向から切り込む問題作!

   (といっては、大げさだが)

   自己認識の諸問題満載

   そこから広がる組織、常識、唯識、

   そんな色即是空、空即是色、識即是空、空即是識・・・

   ええい、そんなまるごとひっさげて

   聞いてびっくり見てびっくり

   どんな人にも楽しめて

   とびっきりためになるという

   豪華絢爛 滋養抜群の大芝居だ!

 

 


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