101〜110


風遊戯101●NO!NAME

   

   ぼくは男などではない

   男ではなくぼくなのだ

   きみは女などではない

   女ではなく君なのだ

   

   ぼくときみは恋人でも夫婦でもない

   恋人でも夫婦でもなくぼくときみなのだ

   ぼくときみはただひとつのかけがえのない二人

   なのにそれを何かの名前で呼ぶことなどできはしない

   

   なぜ人は何かになりたがるのだろう

   何かであることで安心するのだろう

   名づけられようとするのだろう

   そしてその名にふさわしくあろうとするのだろう

   

   ぼくはぼくであり名などなく

   きみはきみであり名などない

   名のない二人がそこにいて

   かぎりなくそこに充実している

   そのことを名づけられる名などどこにもない

   


風遊戯102●そぞろ

   

   雨の後、なお降り続く心の雨よ

   跳ぶか跳ばぬかとまどいつ

   知るか知らぬか秋の月

   

   こころそぞろに彷徨いつ

   星の銀河の彼方まで

   行きたし行けぬ歯痒さよ

   

   日地月の団子に星の胡麻かけ食らふ人ありし

   その人はまた途方もなき人情家なり

   我はただ月見の団子を食らふのみ

   また真に人を知り得る人でもなし

   

   四苦八苦を悟りたる人ありし

   その人はまたそれゆえに慈しみの人なり

   我はただ四苦八苦に溺れるのみ

   また真には慈しみを持たぬ者なり

   

   こころそぞろに彷徨いつ

   なお降り続く心の雨よ

   されど我、誇り持て

   自由を願う誇り持て

   夜明け前の地を這う者なり

   地を這う誇りを持つ者なり

 


   

風遊戯103●道

   

   さて道はゆるゆると

   ときに険しく

   頂上へ登るか谷へと下るか

   はてしもなき道ゆえに方途は見えず

   道は根茎のように絡み合い

   どれを辿り頂上へと向かうか皆目分からぬ

   

   されど道はすべて道

   道なきもすべて道

   大道には大道の

   小道には小道の

   道なき道には道なき道の

   風があり土があり花がある

   

   山は山

   谷は谷

   道は道

   それゆえにこそ

   我が道は限りなき道の

   わずか一握りの選び取った小道となろう

   

   すべての道は一睡の夢の連鎖にして

   畢竟山も谷も夢の遊戯に過ぎぬかもしれぬと思えば

   迷いもまた一興

   いかなる道をゆこうとも

   みずからの酒興の一舞なれば

   今宵宴に戯れるのもまた一興

   

   されど興は狂

   狂であるがゆえの信をばもたねばならぬ

   それゆえ辿る道でなければならぬ

   酔狂を知りながらそれを舞う己であってこそ

   道は己の跡をしるすのではないか

 

   


風遊戯104●虚無の超克

   

   迷路にあり

   闇は深く

   孤独は果てしない

   足下には陥穽がひろがる

   

   虚無を自覚せよ

   救いなど求めてはならない

   けれど自由を手放してはならない

   自由だけが灯火となるのだから

   

   虚無を生きる者よ

   おまえは虚無に立ち向かうことでこそ

   愛に到ることができるであろう

 

   道はただひとつ

   虚無という道のみ

   それ以外の道はやがて虚無へと到るが

   虚無という道の果てには愛がある

   その逆説を生きよ

   

   救いを求める祈りは聴かれないが

   虚無のなかで真の自由を叫ぶ声は

   聴かれるであろう

   虚無はそれを歩むことで

   愛に変態する

   虚無を歩まぬ者には

   虚無が襲いかかる

   むしろ虚無を襲う者となれ

   

   甘い声は愛ではなく虚無へと誘う

   その声はセイレーンの魔女

   誘惑に勝たねばならぬ

   いやむしろ魔女をも愛へと誘わねばならなぬ

   虚無をも抱き抱えるのだ

   


風遊戯105●自由交響曲第5番   

   

   空は銀色の翼です

   言葉が翼に乗って

   透明なトンネルをぬけてゆきます

   

   トンネルははるかな時空のスクリーン

   くるくると旋回する言葉の周囲を

   心の映像がクレーの色彩ではしゃいでいます

   

   はるか昔からの無数の私と

   はるかに広がる無数の私が

   スクリーンの上で繰り広げるドラマは

   シンフォニーとなって天空に舞い上がります

   

   指揮するのは私

   演奏するのも私

   そして観客ももちろん私

   自由交響曲第5番の始まりです

 

   星のカクテルでも飲みながら

   彗星の尾に乗ってゆきましょう

   これは地球で演じられた

   ひとときのささやかなマジックです

   


   

風遊戯106●新時代生活原則

   

   歌がその生命を輝かせるには

   限りない源から取り出してこなければならない

   そうでなければ歌はただ音の浪費として

   生命の輝きをむしろ奪い麻痺させるだけのものになってしまう

   ほんとうの歌が流れるとき人はそこに生命の輝きを見つけ

   その永遠の蜜を味わうことができる

   

   新時代の理念を得るためには

   日々の生活の汗そのものの中にあって

   その源にあるものを見出さなければならない

   しかも常に今を生きるものでなければならない

   空想によってつくられた社会は空想の中へと消え去る運命にある

   だから空想ではなく実際の生活の中からそれを輝かせるものを

   汗の中から取り出してこなければならない

   

   私がその生命を輝かせるには

   限りない源から取り出してこなければならない

   そうでなければ私はただ生命を浪費する存在として

   生活を感情と感覚の耽溺の巣にしてしまうことになる

   ほんとうの生命を味わうとき人はそこに永遠を見つけ

   しかもそれは今という変化の中で輝くものであることを知る

 

   


風遊戯107●十八曼荼羅・庭の椿

   

   椿の紅の中で立ち登る曼荼羅の不思議の

   言い知れぬ時の螺旋を飛翔する者たちの

   無邪気さと老獪さの交錯する庭の外れの

   笑みだけの浮かぶふふふの恋する乙女の

   匂いの背後の残酷さの疾走する悲しみの

   奏でる果てしない音楽を書きつづる人の

   仮面の告白を読む僕の迷路の果ての旅の

   孤独な魂の遍歴の絵地図を眺める夜半の

   一杯の珈琲の香りとともに浮かぶ記憶の

   扉を開ける勇気を喚起するあなたの声の

   あああなたの声の秘密の語る謎の場所の

   数限りない歴史の語る真実と虚偽の間の

   喜びと悲しみを生きる命の様々の流れの

   色の河に祈りを捧げる者たちの原風景の

   分析を手がける老学者の私生活の秘密の

   純愛の物語の頁に挟んだ押し花の香りの

   それゆえの涙の河に流す共振する叙情の

   書の載る机の向かいの窓から見える庭の

   

  


 

風遊戯108●ほろほろ

    

    ほろほろと

    ただほろほろと歩いてゆきたいね

    こんな冷たい星空だけど

    いっしょにほろほろと

    ただほろほろと歩いてゆきたいね

    

    聞こえてくるのはなんだろう

    あああれは悲しいだけの声ですよ

    だったらあれはなんだろう

    あああれはうれしいだけの声ですよ

    ああして悲しんだり喜んだりすることで

    もてあましている時間を使っているんです

    そんなにもてあましているならば

    ほろほろと

    ただほろほろと歩けばいいのに

    こんなふうにしてただほろほろと

    心の器をからっぽにしながら

    

    ほろほろと歩いていけば

    やがてどこかにゆきつくだろう

    けれどそこはどこでもないところだろう

    そのどこでもないところで

    いっしょに深呼吸をして帰ってこよう

    心の器をおもいきり広げるために

    冬の星たちさえそこに安らえるほどの広さに

    

    さて帰ってきたらなにしよう

    そうだな熱い珈琲でも飲むとしようか

    チョコレートをひとかけずつかじりながら

    シューベルトの歌でも聞きながら

    最近はカウンターテナーがめっぽういいらしい

    ほろほろと

    ただほろほろと聞くとするか

    いい夢でもみえるかもしれないから

    

   


風遊戯109●岸辺のない海から

    

    岸辺のない海という話があって

    岸辺のないぼくはいつまでも漂っていたよ

    漂いながらぼくはなにを迷っていたのだろうか

    迷うことさえ迷いながら

    

    私は私は書くと書いて詩論を書く詩人がいて

    ぼくはなにを書いてもぼくはぼくは書くと書いていたよ

    そして結局のところ何も書いてはいなかったのだ

    書くことなどなにもなかったのだし

    

    私という主体が消えていく小説もあったな

    自分という存在がだんだんあやふやになっていくんだ

    感覚という感覚が消えてゆき

    自分が何者なのかわからなくなってゆく

    

    そのうちにぼくも混乱を深めていった

    世界はあまりにも悲しく虚ろだったのだ

    虚ろにしては苦しみに満ちていたし

    ぼくの理想のひとさし指は指す場所を見つけられなかった

    

    ぼくのひとさし指は岸辺を探したが

    海を漂いつづけるぼくには岸辺は見つからない

    岸辺はぼくには永遠の神秘だと思うこともできるし

    それは実はぼくのなかにちゃんとあるのだと思うこともできる

    

    岸辺のない海はいまもあり

    限りない神秘に囲まれている

    けれど今ではそれを楽しんでる

    それを理解しがたいことだという者もいるが

    そういう者にかぎって神秘を知らないのだ

    

    だってあなたがそこにいるのだ

    だってぼくがここにいるのだ

    その神秘に気づかないなんてどうかしている

    神秘は限りなく喜びは深く

    岸辺のない海ははるかに続く

    

   


風遊戯110●まだことばにならない炎が

 

まだことばにならない炎が

ちろちろちろちろまたたいて

はるかなむかしにあったかもしれないことと

はるかな未来にあるかもしれないことが

ぼくのおくのほうでまたたいて

 

ああ時代はいままさにこのとおりで

ぼくがぼくとしてこうして生きているように

きみもきみとしてこうして生きているんだな

手紙はもうとどいただろうか

いやことばのではなく炎のかたちのあれなんだが

 

歌のなかに永遠のながれが織りこまれてるんだ

まるでハープのような声だったね

いつだっけかいっしょにきいたじゃないか

いつかまた会えるからそのときまたねって

あの歌はいったいどこできけるんだろうか

 

ことばはいけないいけないよ

うそという香りがつよすぎるから

いやうその香りがいいんじゃないか

みんなほんとうばかりじゃいきぐるしい

いやうそもほんとうも好きになれやしない

 

ことばになるまえのあのかぐわしさがいいね

話そうとして話せないもどかしさがいいね

ほんとうにもなれなくてうそにもなれなくて

そんななかでぼくときみがいる

ものがたりにはまだなれないけどぼくときみがいる

 

 


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