《発芽》
2014.6.14

種のなかでは魔法が踊っている
やがて芽を出し空へと向かっていく力と
それをささえる大地へと根をのばす力
大いなるふたつの力が均衡され
熟しながら静かに静かに踊っている

精霊たちは大地のなかで跳び上がる
水と土のあいだで
植物たちを空へ空へと押し上げている
地上を絶えず憎みながら
カエルになんかなってたまるものかと

わたしという種は闇のなかで時を待つ
闇のなかでは星たちの声がきこえるから
星たちは語るのだ
その苦しみは喜びの種なのだ
天へと向かうには大地の支えが必要なのだと

熟していく
熟していく
発芽する力
沈黙のなかで
苦しみのなかで
静かに静かに
満ちてくるもの

やがて大地の魔法がわたしを空へと誘う
苦しみの力を大地で支える力に変えながら
闇のなかで育てられた力が芽吹き
空へ空へとはるかに飛翔していく

 

☆風遊戯《発芽》ノート

◎シュタイナーは、四大霊のひとつ「グノーム」(根の精霊、土の精霊)について、宇宙万象の、万有の理念を、地球の内部で、本来、担う者であるといっていますが、また地球自体、大地を嫌悪しているともいっています。地上は、グノームたちにとって、最も逃れ、避けたいものであると。なぜなら、地上は、グノームたちに対して、両生類、蛙や蟇蛙の姿になってしまう危険を絶えず作り出すからです。だから、グノームたちは、大地と癒着しすぎて両生類の姿にならないように、絶えずジャンプしながら、土の姿に対して絶えず抵抗しているというのです。そして、その力が植物の上方へと成長する力になっている。グノームたちの地上に対する反感で、植物の根だけを土領域に属させ、根以外の部分を土領域から引き出し、上方に向かって成長させるというわけです。

◎わたしたちの四苦八苦という、地上では避けることのできない苦しみというのも、これに似ているのではないかと思います。そして、四苦八苦に負けてしまうと、わたしたちはカエルに変えられてしまうことになる。そうならないように、私たちは、そういう四苦八苦への嫌悪そのものを逆説的に、かつそれを変容させる仕方で、大地的な支えにしながら、天へと向かう力に変えていかなければならないように思うのです。

◎自分のなかにいまあるさまざまな苦しみ。それらは私たちの「種」だと考えることもできます。四苦八苦に負けてしまうと、その「種」は発芽し、成長していくことができません。苦しみの力を熟成させて、大地への力となるもの、天への力へとなるものをそこでたしかに熟成させていかなければならない。それを「静かな種の踊り」としてイメージしてみました。その静かな踊りとしての内的な魂の強度と外からの働きかけがあいまって、はじめて発芽し、成長していく「自然(じねん)」の力へとなるのだと。