S&G「フランクロイドライトに捧げる詩」
風日誌 <2003.9.15> ダニエル・メイスン『調律師の恋』(角川書店)を読む。 原題は“the Piano Tuner”(「の恋」は蛇足)。 読み始めから読み終える少し前までとても楽しめたのだけれど、 エンディングに物足りなさというか、どこか割り切れないものを感じた。 それ以外は申し分ないできなのだけれど少し残念。 もちろんその感想は多分に個人的な趣味ではあるのだけれど…。 ストーリーものを読むときにとくに気になるのは、 書き出しと文体、ストーリー展開の仕方、エンディングで、 最初の入りがぴんとこないと最初から読もうとする気にならないし 文体が好きになれないときやストーリーに乗り切れないときなど 途中で読むのをやめてしまうときがある。 でもいちばん残念なのは、最後のところでフラストレーションが残るとき。 大いにこちらの期待を裏切ってくれるぶんには大歓迎なのだけれど。 こういうお話しものでなくて、音楽をきくときなどでも、 最初でどきっときて、メロディーやリズム、歌詞などにも惹かれ、 そして最後でちゃんと終わるべくして終わってくれるととても気持ちがいい。 そしていい音楽は何度でもききたくなる。 おそらくそこにはその音楽がその音楽であるための独自性と必然性があって、 それが何度もきいているこちらの琴線にふれてくるのだろう。 思想や哲学やその他の芸術なども同じ。 ところで、最近読んだ小説もののなかで、いちばん気に入ったのは アンソニー・ドーアの『シェル・コレクター』(新潮社)。 短編集なのだけれど、どの話を読んでも申し分ない。 それぞれのストーリーのエンディングもとても余韻がいい。 タイトルも余計なものがついてなくて原題の“The Shell Collector”そのまま。 ちなみに、この小説をてにとったきっかけは このMLに参加されている「シェル・ハンター」さんのことが浮かんだため(^^)。 今日のBGMは、サイモン&ガーファンクルの「フランクロイドライトに捧げる詩」。 この「フランクロイドライトに捧げる詩」をはじめてきいたのは30年ほどまえ、 たしか「コンドルは飛んでいく」というシングルレコードのB面で。 A面よりもずっと気にいって、何十回も繰り返しきいたのを思いだす。 もちろんそのときフランクロイドライトなんてまるで知らずにいたのだけれど。 サイモン&ガーファンクルの曲にはとても余韻のいいものが多かったように思う。 ブックエンドや旧友、スカボロフェア、四月になれば彼女は、などなど。 サイモン&ガーファンクルが再結成されるという話題がでていたが、 新曲などでアルバムがでればいいのだけれど、どうかな。 |
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