風日誌


宅間被告とマザーテレサ

ビル・エヴァンス「アローン」


2003.08.29

 

宅間被告に死刑判決。
今日の朝日新聞でいちばん共感できたのは、
香山リカのコメントのなかにあった次の箇所だった。
 
        今回の事件の後、複数の障害者から「私も、ああいうことを
        してしまうのでしょうか」と打ち明けられました。
 
変な比べ方かもしれないし、誤解されやすいところではあるが、
宅間被告とマザーテレサとどちらの気持ちがわかるか、
または理解できるかといわれたとしたら、
ぼくには、マザーテレサであると答えることはできないだろう。
もしくは、自分がマザーテレサのようなことをできると思えるほど
自分を善なる存在だとは思えないということ。
 
宅間被告のしたことは決して許されるべきではないが、
ほんとうにまったく理解できないことなのだろうか。
あそこまでの犯行をすることは理解しがたいだろうが、
もし心のなかで思っていることが現象化したとしたら、
それについて自分は責任を負えるだろうかと考えてみることはできる。
もしそれについて胸を張って「負える」と言える人を
ぼくは信じることはできない。
マグダラのマリアに向かって石を投げていた人たちに
言葉をなげかけたキリストの言葉は軽々しいものではない。
そういう意味で、弁護団の努力の可能性について
もうしばらく見てみたいと思っている。
 
また、判決において、「十分な責任能力」を認定することと
宅間被告の行動に対する理解の仕方との間に
矛盾がないだろうかとも感じた。
理想論かもしれないが、
「十分な責任能力」を認定するならば、
宅間被告が自分のしたことを理解できるようにさせていくことが
その「責任」を負わせるということではないだろうか。
その可能性はほんとうにないのだろうか。
その可能性はないとして「死刑」を求刑してしまうだけなのは
あまりに性急で短絡的なものだと思えてくる。
ひょっとしたら、後半の冒頭に発言を求めて騒いだという
その発言のなかになにかその鍵が隠されていたのかもしれない。
 
今回の事件について考えるときに思い出されるのは、宮崎勤の事件と
それにとことんつきあってきている大塚英志のことである。
ちょうど先日読んだ吉本隆明との対談「だいたいで、いいじゃない」のなかの
次の発言を思い出した。
 
        僕は彼との関わりの中で、彼に敢えて「きみがやったことはいけないこと
        だよ」とか、「反省をしなさい」とか、「遺族のご家族に謝りなさい」と
        か、そういうことは一切言わないようにしたんです。それはつまり、そう
        いう類の言葉で彼が彼自身の輪郭を描けるということはまずないし、形だ
        け言わせることはあるいはできるかもしれないけれど、そう言わせたこと
        で多分、誰も救われないと思います。そういう僕の態度への批判は当然、
        甘んじて受けます。けれども、この倫理みたいな抑止力がまるで吹っ切れ
        たたように抜け落ちているということというのはただ彼個人の問題なのか、
        そのあたりを、彼をただそのままごろりと法廷に投げ出すことで考えてみ
        たかった。
 
むしろこうした宮崎勤の在り方よりも、
宅間被告のほうがある意味ではずっと「人間的」なのかもしれないのである。
「ひとことの謝罪の言葉すら発していない」というところこそ
逆説的な意味でかぎりなく「人間的」なのかもしれない。
「ひとことの謝罪の言葉すら発していない」というのを
「ひとことの謝罪の言葉すら発」することができない、
というふうにとらえたとき、宅間被告の魂の限りない孤独の闇が、
浮かび上がってくるように見えてはこないだろうか。
「自分をだれもわかってくれない。どいつもこいつもみんなクソだ!」
それがエスカレートしていき、そのアストラル世界が現象化されていく…。
そのかぎりない魂の孤独の闇の世界のカオス。
 
今日のBGMは、ビル・エヴァンスのピアノソロ「アローン」。
 
Alone In The Dark 、alone in the world というフレーズが浮かんだ。
この演奏にDark なところはあまり感じられないが、
あくまでも、そのaloneということばから、
以前こうしたピアノソロのジャズをききながら、
自分の魂の孤独のなかに沈んでいたときの記憶が甦ってきた。
 
ちょうど古書店で、日本たばこ産業株式会社アド企画室編
「ビル・エバンス」(講談社/1989)というのを
なんと100円でみつけたので、買って読んでいて、
それでビル・エヴァンスの「ポートレート・イン・ジャズ」などを
きいてみたりもしたのだが、ピアノソロもいいと思い、
「アローン」を手にとってみた。
 
 

 ■「風日誌」メニューに戻る
 ■「風遊戯」メニューに戻る
 ■神秘学遊戯団ホームページに戻る