風のメモランダム

 

あらしのよるに


2005.12.21.Wed.

■あらしのよるに
 
映画化もされて話題の『あらしのよるに』。
ヤギとオオカミの友情の物語が、
第1話から第3話が講談社文庫に収録された。
 
友情の話というのは、かけがえのないものだ。
オオカミはヤギを食べる。
けれど、そこに友情があるとき
それはそうした関係を超える。
 
この地上のさまざまは
ある意味で、友情の可能性の実験場だといえるのかもしれない。
友情を別名「愛」と呼ぶこともできるだろう…「友愛」。
 
それがあるとき、地上は楽園となり、
それを見いだせないとき、地上は地獄と化す。
男女のあいだでも、そこに友情があるとき、愛は完成へ向かうが
友情が見つからないとき、それはただの縛りとなる。
 
あらしのよるに、ヤギとオオカミの友情が生まれる。
おもしろいのは、それが「あらしのよる」だということだ。
戦争のような、夜の闇のような、
そんな状況こそが、友情の可能性を生むことができる。
もちろん、同じ状況が地獄を生むことのほうが多いのだろうが。
 
■健康診断
 
年に一回会社で義務づけられている健康診断を受ける。
例年はもう少しはやく受けているが
仕事の関係で結局今日まで延びてしまう。
 
健康診断のほとんどは、単なる形式で、
受ける前から「不健康」かどうかはわかっているわけで、
指摘されることがわかっている人だけが
自己申告で受ければいいのにといつも思ってしまう。
 
僕の場合は、むしろ健康診断で、冬に寒い思いをしたり、
時間のやりくりで焦ったり、
バリウムを飲んで苦しんだりするだけなので、
むしろ健康診断が不調を呼び込んでしまうところがある。
ばかばかしいにもほどがある、とかいう気になる。
あの病院という無味乾燥な環境がまた良くない。
ああいう場所にいるだけで、どこか病気を背負い込んでしまう。
 
なかには、こういう健康診断で
病気のきっかけを早期発見できるケースもあるのだろうが、
ちょっとやり方をかえることはできないものかと思ってしまう。
少なくともあのベルトコンベアに人を乗せて
機械的にチェックしていくようなやりかたは
「健康」のためのものだとは思いにくい。
 
それに、どうも昨今の「健康」指向というのもかなりわざとらしい。
健康オタクのようなのも、なんだか気味悪いところもある。
そもそも健康は目的ではないはずなのに、
それが目的になってしまったりもする。
お金も手段が目的化してしまう最右翼だけれど、
なんだかそういう錯誤ばかりが横行してしまう。
 
 

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