■年の終わりのランキング好き 2005年も終わりに近づいたということで、 今年に流行したものなどのランキングがあれこれ発表されたりもしている。 仕事柄も、いちおうそうしたランキングを 気にしないでいることもできないので、 いちおうチェックしておくことにはしているし、 それが時代を映す鏡になっていることも確かにはあるが、 正直いって、ベストセラー小説が多く面白くないように そんなに面白いものではない。 読んだ本がたまたま比較的売れるということもあるが、 よく売れているから読むというのは、あまりに無粋である。 「赤信号みんなで渡れば怖くない」を 趣味・嗜好の世界にあてはめてみるのは、 「みんないっしょがうれしい」と思うようなもので、 むしろそこから逃れたくなってくるのは人情であろう。 まあ、けっこう歳をくってくると、 そういうのもどうでもよくなってきて、 今↑であえていったほどの反発も実際にはなく、 まったく世の中のベクトルをほとんど無視してやっているが、 少なくとも、「みんないっしょがうれしい」というのだけはない。 しかしそういう傾向を自省的にするために、 ぼくはいまのようないろんな意味でミーハーな仕事を 選んでしまっているのかもしれないと思うところがある。 ■本田美奈子のAVE MARIA 先頃急逝した本田美奈子のドキュメンタリーがテレビ放映されるらしいが、 本田美奈子に関心をもったことがこれまでなかったし、 その音楽をほとんどきいたことがない。 その活動も、その活動のアウトラインを目にするだけにすぎないでいる。 しかし、そのことから喚起されることになった ぼくのなかで小さくゆらめくことになった炎のようなものを ぼくのなかの一幅の絵画として記憶しておこうと思い、 「AVE MARIA」というアルバムをきいてみることにした。 少なくともぼくの趣味の範囲では、 ぼくのなかに何かを刻印することにはならなかったようだが、 ぼくがほんのわずかなりともイメージしていた 本田美奈子のイメージとはずいぶん違っていた。 嬉しい誤算とでもいおうか。 ずいぶんとまっすぐに伝わってくる何かを感じた。 まっすぐであることこそが表現の芯であるような何か。 病院で入院していたほかの知人の患者に AVE MARIAを歌ってあげていた、という話が載っていたが、 たしかに、本田美奈子という魂は そういう魂だったのだろうと、 そのまっすぐな声の根源にあるものを思った。 |
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