「武満徹Visions in Time」レゾナンス6

眼を鍛える

2006.5.9

 私は本を読むたびに、それによって私の「眼」が鍛えられたら
と思う。
 特殊な芸術の世界だけではなく、たえず変化して行く、予測で
きない日常の世界を、その眼で見るのだ。小さな自我、偏狭な審
美感に穢されてしまった眼は、「見る」という素朴な行為によっ
てしか美しくはならない。そのために、なるべく本を読むように、
また、なるべく本を読まないようにという困難な読書の仕方を、
私は自分に課している。
 今日の日本では、私たちが読むよりは、作家の生産量の方が多
いのではないか。それにしたがっては眼を害うだけだろう。
 ーーマルセル・デュシャン、あるいはビァレリィがしたように、
生き生きとした沈黙をまもるということは現代では困難のことで
あろうか。
(ーー「私の本だな」『武満徹著作集5』)

 

世界は常に新しい
今だけの姿で踊り続け
絶えず変化し予測できない

しかし世界について記されたものは
つねに過去のものとなっていく
その過去から私は世界を見る
そして予測された姿からとらえようとする

私はあなたを見る
そのあなたは今のあなただろうか
それとも過去のあなただろうか
今を舞っているあなたの姿を
私は見ることができているだろうか

私は私を見る
その私は今の私だろうか
それとも過去の私だろうか

私は本を読む
それを過去にしてはならないだろう
そのために私は本を読みかつ読まないことを
学ばなければならない

私は世界を見る
常に変化し続けている世界を
そのとき世界はかぎりなく美しい