風のDiary
2011.1.11.Tue.
スティングとダウランド

スティングの自伝が文庫化された(小学館文庫/2011.1.11.発行)。

ポリス時代のスティングはリアルタイムではあまり聴いてなかったりするが、
ソロになってからの1985年の『ブルータートルの夢』以降は、
リアルタイムで聴くようになっている。
最近のスティングは、
ジョン・ダウランドの作品をとりあげた2006年の『ラビリンス』や
パーセルやシューベルトの作品をとりあげた2009年の『ウィンターズ・ナイト』と
かつてのロックアルバムとはひと味違った活動をしているが、
これがまたなかなかに聴かせる。

自伝が出たというので、
かつてのロックアルバムなども聴き直していたりするが、
ちょうどスティングに関連したCDアルバムを聴く機会があった。
スティングというキーワードを受けて、
ぼくの好奇心いっぱいの意識が、面白そうな音楽を検索したものだろう。
今後そこからなにかつながるかもしれないので、メモしておくことにしたい。

■エディン・カラマーゾフ:マジック・リュート

このエディン・カラマーゾフは、『ラビリンス』で
スティングと共演(リュート伴奏)している。
このアルバムでも、2曲目の"Alone with my thoughts this evening"で
スティングと共演している。
興味深かったのは、スティングだけではなく、
このアルバムでは、カウンターテナーのアンドレアス・ショルや
ソプラノのルネ・フレミングなどとも共演していることだ。

エディンは「この世の中に”古楽”なんてものはなく、
”今”の音楽しかないのだから、常にフレッシュさを心がけねばならない」
と語っているそうだが、このアルバムを聴くと、
スティングがロックやポップスの垣根を越えた活動をしているのと
同じ姿勢なのだろうと思う。
必然性のある型は型として尊重しながらも、
「今」を聴かせる音楽が生きた音楽だということなのだろう。

■ザ・シリウス・ヴァイオルズ:メランコリーの7つの陰
 ジョン・ダウランドのファンタジア、コンソート、そして歌曲

ザ・シリウス・ヴァイオルズは、
ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者のヒレ・パールが
お気に入りの仲間達と結成したアンサンブルだそうである。

このアルバムを見つけたのは、
ジョン・ダウランドという名前からだが、
ヒレ・パールによるライナー・ノーツにもスティングの名前があった。

  これまで私達は、他の音楽世界の探索にかかりきりだったこともあり、
  ダウランドの作品を十分に演奏する機会をほとんど持てずにいた。数年
  前に伝説的な歌手であるスティング氏が(そして彼のあらゆる活動が!
  every move he makes!)果敢にもダウランドの歌曲やリュート曲をい
  くつか掘り起こしてくれて、ようやく私達はダウランドの作品が子供の
  頃から心の中に育っている、音楽における母国語のようなものであるこ
  とを思い出した。そして、言うまでもなくスティング氏のこの複雑な音
  楽への取り組みに対してとても高い敬意を持っている。しかしながら、
  彼の演奏と、ダウランドの音楽の本来の働きとの間に、ある種の相違が
  あることも認めないわけにはいかない。そのため私達はこの録音に取り
  かかる必要があると感じたのだった。
  ゆえに、敬愛するスティング氏には感謝をしたい。あなたが多くの人々
  にダウランドの歌曲の魅力を伝え、また私達が彼の音楽をどれほど必要
  としているかを思い出させてくれたのだ、と。彼の音楽は私達にとって
  欠くことのできない栄養であり、赤ん坊にとっての母乳のような存在な
  のである。

ダウランドの音楽をはじめて聴いたとき、
ぼくのなかで深いメランコリックな郷愁がかきたてられたのを覚えている。
英国の音楽ではあるが、なんという親近感。
それは多分にメランコリーへの親近性でもあるのかもしれないけれど…。

その後、さまざまな演奏家の演奏を機会あるごとに聞き続けている。
声楽では、上記のエディン・カラマーゾフのところでもふれた
アンドレアス・ショルの演奏などもとても印象深いし、
エマ・カークビーはもちろんのこと、波多野睦美さんも素晴らしい。

ダウランドへの敬意を込めて、上記ライナー・ノーツからもう少し。

  ダウランドの音楽は、西洋の最も偉大な作曲家のみが示すような比類無
  い無時間性を放っている。誰もが彼の音楽によって心の最も深いところ
  に触れられ、そして人間に特有の性質を思い起こすことになるだろう。
  ここでいう人間特有の性質とは、移ろいやすさ、無常性を理解せずには
  いられないということである。そのために絶望と沈鬱もまた人間本来の
  性質となる。我々はこれらの性質を、ただメランコリーに満ちた芸術に
  転化することでのみ耐えることができる。そして西洋のあらゆる音楽作
  品のなかでも、ダウランドの作品こそが、この超越的な転化の最も魅力
  的で説得力のある例であろう。