風のトポスノート507

 

役に立つこと


2004.02.16

 

         今の日本において、何かを知ったり学んだりする理由は、社会の中で
        役に立つために、ということが前提になっている。
         戦後の日本社会は、最大多数の最大幸福を追求してきた。誰もが納得
        しやすい幸福感は、便利と享楽だから、個人と社会も、互いに役に立つ
        ことを目指しながら、便利と遊興の環境を整えてきた。そして、それを        
        具体的に実現するために、実利主義を徹底した。
         子供の将来のため、という大義名分で行なわれる教育のほとんどが、
        最大多数の最大幸福を目指す実利主義的な思考の範疇で行なわれている
        ように思う。
         そこから育った人々によってつくり出されるテレビ番組でも、雑誌や
        書籍でも、教養という名の付くものですら、多少の程度の差はあるけれ
        ど、実利か享楽を目的にしている。
         実利追求のストレスを享楽で解消する。そして、実利獲得の見返りが
        享楽である。ある出来事に関心を持つのは、そのことが自分を快適にす
        るか、自分への害になる可能性があるかどうか、ということが判断基準
        になってしまうことが多い。しかし同時に、戦争やテロなどの報道に日
        常的に接触し、実利や享楽などで括れない得体の知れないものが自分の
        なかに育ってきていることも薄々気づいている。
        (『風の旅人 6号』表3 風の旅人編集長・佐伯剛
         雑誌『DAYS JAPAN』創刊準備を紹介する「広河隆一の痛切と哀切」より)
 
「社会の中で役に立つために」という発想をあまり持ったことがない。
学校などでそうしたことがまことしかやかに語られるとき
その言葉に付着している欺瞞のようなものをききとっていたのか
それとも「社会」とか「役に立つ」とかいうことがよく理解できなかったのか、
ともかく、いまだにその「社会の中で役に立つために」ということには
ある種の留保の感覚を持ち続けている。
 
「子供の将来のため」というのも
わかりやすいようで、その実よくわからないところがある。
子供本人にとっても、またその子供に働きかける側にしても。
 
なぜ勉強するのか。
わかりやすい理由は、いい学校に入るため、いい会社に入るため。
しかも教えられるのは「社会の中で役に立つために」なのだ。
それはすでに滅びていてもおかしくないはずなのに、
実際のところ、それ以外の発想を見かけることは稀ではないのか。
それ以外の理由とはいったい何であるか。
 
ぼくは、実際、「社会の中で役に立つために」なにもしなかったし、
いい学校に入るため、いい会社に入るためのなにもしなかった。
そしていまだに何者でもなく生きている。
 
しかし、これだけはいえるのだが、
ぼくは知りたかった。
あらゆる本質的なことを。
なぜ勉強しなければならないのかも。
だから、学校ではあまり学ぶ気にはなれなかったのだろうと今ではわかる。
学校で学ぶことに意味がないといっているのではない。
ぼくはたくさん学びたかった。
ほんとうのことを。
たてまえではなく。
自分が何を学びたいのか、
なぜ学びたいのかという問いかけをふくめて
「社会の中で役に立つために」というような戯言ではなく、
その根源にあるものを学びたいと切に願っていた。
今も烈しく願っている。
それが学校になかったというそれだけのこと。
 
だから今でも、「賢い」、実利主義的な生活はできずにいる。
「社会の中で役に立つ」こともあまりしていない。
ときにそれはエゴイスティックな響きをも奏でてしまうかもしれないが、
「社会の中で役に立つ」という発想よりも
ずっとほんしつてきに「役に立つこと」とは
いったい何なのかを問い続けることは続けているつもりである。
 
ほんとうに「役に立つ」というのは、
いったい何なのだろうか。
我をなくして人を幸せにしたいというような
立派なことをするつもりは毛頭ないが、
人を傷つけて自分を利そうとするほど近視眼的ではない。
ほんとうに「役に立つこと」というのは、
自分だけを利するものではないということはあえていうまでもないのだから。
 
さて、上記の引用は、表記の通り、『風の旅人 6号』からのもの。
昨年から隔月刊でユーラシア旅行社から出るようになった雑誌。
鮮烈なビジュアルとじっくりと胸にはいりこんでくる文章が新鮮で
毎号読み続けている。
その雑誌でこの広河隆一の名前を知るようになったが、
「現代日本のメディアの在り方に懸念を訴え」、
3月20日に「世界を視るフォトジャーナリズム雑誌」である
『DAYS JAPAN』が予約購読で刊行しようとしているという。
詳しくは、www.Hiropress.net/daysjapanまでアクセスを。
 


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