風のトポスノート505

 

「何者か」でなくてもいいところから


2004.01.21

 

         肩書きでも、何者であるという定義にも、動かせないもの、
        それが人間の魅力というものなのだと思う。肩書きにこだわ
        って、魅力のない人間になりさがるのだけは、やめて欲しい
        のだ。今の私にはまだ、魅力の欠片もないから、だからこれ
        からも適当に生きて、自分を開拓していって、どうにかこう
        にか魅力の一つでも携えていきたいと思う。
         この間、適当である、というということは魅力か、と彼氏
        に聞いたら「適当だということを魅力に仕立て上げようとす
        る根性が汚い」と言われた。そうそう、まず私は意地汚いか
        ら、魅力がないのだな。というわけで、一生持ち続けるであ
        ろう夢として「芥川賞受賞」を掲げていた私だけれど、それ
        が叶った後に何が残るか若干不安があるから、一つ夢を残し
        ておこうと思う。「魅力的な人間になる」です。これだった
        ら、抽象的だからいつまでも持ち続けていられるし、魅力の
        定義も曖昧だし、適当でいいんじゃない?て、やっぱり私は
        意地汚いなあ。でも、長いレポートとか、すごく長い名称と
        をたくさん使って文字数稼ごうとか、みんな思うでしょ?
        ああ、これは、適当とか意地汚い、ではなくて怠惰かな。
        (金原ひとみ
         芥川賞に選ばれて・「何者か」でなくたっていい
         2004.1.21 朝日新聞)
 
そういえば今年の芥川賞は最年少の女性が云々、
というニュースがあったのを思い出した。
芥川賞とか直木賞とかはとくに関心もなく
受賞作を読んでみようとも思わないけれど
これを読んであらためて思ったのは
芥川賞受賞作家とかいう名称もあるように、
やはり芥川賞というのはひとつの権威なんだなということ。
それから、この文章の、あまりものフツーさ。
そしてよく言えば素直すぎるほどの健全さだろうか。
 
「何者か」でなくたっていいということ。
「魅力的な人間になる」ということ。
それを芥川賞を受賞したとされる人物が「夢」として挙げること。
そういえば、政治家で代議士とかになった人物が
「何者か」でなくたっていいとか、
魅力的な人間になろうと思うとか、
そういうことはまずいわないだろう。
やはり何者かになろうと思って政治家になることが多いだろうし。
 
ここに書かれてあるのは
ほんとうに素朴なまでのことなのだけれど
実際にある種の権威の可能性を得たというか、
それまでの「夢」を達成した後の言葉としていえば、
あまりにも軽すぎることばではあるけれど、
今という時代、これからの時代の
ひとつの可能性を示しているのかもしれない。
「これからも適当に生きて」といえることの可能性というか。
 
ぼくもこれまでもそしてこれからもずっと
そうした「適当に生きる」ということでやってきているけれど
これは何の権威の可能性も得ないまま思っていることだし
芥川賞をとるとかいった類の「夢」もとくにないわけだから
まさにたんなる「怠惰」でしかないのだけれど、
できれば、世の中のもっともっと多くの人が
自分を「何者か」とかにしようとか思わなくなると
もっと生きやすくなるだろうにと思うのである。
 
しかし、「ナンバーワン」でなくて「オンリーワン」という
SMAPの「世界にひとつだけの花」とかいう歌も流行り
それもひとつの「何者か」から自由になろうとする傾向でも
あるのかもしれないのだけれど、
昨今の傾向は、「ナンバーワン」になれないから
「オンリーワン」になる、という発想があるところもあって
そこらへんは注意深くある必要がありそうである。
 
「オンリーワン」というのは、
けっきょくのところ、Ich bin Ich bin、
私は私であるである、ということにほかならなくて、
私があるということは、「オンリーワン」以外の何者でもなく、
「ナンバーワン」とかいうような比較可能なものではない。
 
自分が「ナンバーワン」になりたいいけれどできないから
代わりに「ナンバーワン」を仰ぎ担いでわっしょいして、
自分を「ナンバーワン」とオーバーシャドーする(^^;)という現象は
政治であれ、宗教であれ、あらゆるところに見られる。
でも、やはりそういうのはほんとうの意味で「意地汚い」。
それくらいだったら、エゴむきだしで
俺がナンバーワンだ!俺がチャンピオンだ!
とかやったほうがまだしもすっきりする。
そうしてそうやらせたうえで、バーカ!と言えるように
みんなでなればいいのだ。


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