風のトポスノート251-260

(2000.11.29-2000.12.30)


風のトポスノート251●連

風のトポスノート252●好奇心

風のトポスノート253●新しいコモンセンス形成の機会

風のトポスノート254●卵の矜持

風のトポスノート255●日常勝負

風のトポスノート256●色々なヤツを色々なままにしておくこと

風のトポスノート257●分かるために分けて中すること

風のトポスノート258●VSイマジネーター

風のトポスノート259●かけがえのない関係

風のトポスノート260●きれいはきたない、きたないはきれい


 

風のトポスノート251


2000.11.29

 

 江戸時代に連句という文芸があった。一人が五七五の句を作ると、別の誰かがすぐそれに七七を付ける。そしてまた別の人間が五七五を付ける。この時、前の人の句に似ていると「付けすぎ」であり、まったく関係ない句にすると「離れすぎ」である。誰にも似ていない個性的な表現でありながら関係はある、そして常に即興、という創造性が必要になる。まさに人生だ。芭蕉の本領はその連句のリーダーとして発揮された。これは江戸時代の人間関係の基本である。私はこの基本を「連(れん)」と呼んでいる。

 「集団」はあらかじめ決められた決まりに従って誰もが同じ行動をする。しかし「連」は、個人の連なりで関係の基本は一対一、しかもその場、その場の判断力と微妙な調整能力、自己表現が必要とされる。「集団」と「個人」の図式によりかかるのをやめて、「連」の能力を身につけることこそ、今は必要なのだと思う。

(田中優子「世相ひとひねり〜『連』の力を」日本経済新聞2000.11.28より)

 以前、松岡正剛と田中優子とのやりとりのなかに、この「連」がでてきていたのを興味深く思い、その後、それについて折にふれさまざまに思いをめぐらしていた。

 それは、日本人と「個」ということをあらためてとらえなおしてみるということでもあった。明治維新期にさまざまに活躍し、西洋文化にふれた人たちのことを見てみると、それらの人たちはほんの一部ではあったかもしれないが、必ずしも「個」が存立しえていないということはできないように思えた。しかし、西洋的な「個」という意味ではなさそうであることもはかられる。それは、「集団」であるとも「個人」であるともいえず、その両者の間にあるあり方でもあるのではないか。

  また、シュタイナーの「自由の哲学」のような方向性が、必ずしも日本人の多くに適しているかどうかということも常に疑問として浮かんでくることでもある。「自由の哲学」的な方向が不要だというのではもちろんなく、そのプロセスにおいて、西洋的な自我に対するあり方とはまた異なったプロセスも可能なのではないかということ。

 西田幾多郎的な「場所」の考え方はひとつのヒントにもなる。日本人の魂の傾向性として、主語的な自我ではなく、いわば術語的な自我からの展開というのがプロセスとしては適しているのではないかということもはかられる。そういう意味では、術語的な自己のひとつの中心として顕現してくる「個」というあり方を見てみる必要があるのではないか。

 その「個」は西洋的な自我を背景とした「個」であるというよりも、その都度、変幻自在にあらわれを変えることも可能となる「個」であり、その「個」の還元する「自己」における大きな広がりを持ちうる。そういう意味で、西洋的な自我ではとらえきれない「個」の新たな可能性もそこに示唆されているのではないだろうか。

 キーの一つがこの「連」である。これは、「組織なきネットワーク」というコンセプトとも通底しているのではないかと思われるものである。「付けすぎ」でも「離れすぎ」でもなく、即興的な創造性のなかでみずからの魂の個的な現れを変幻自在なものとして表現していく。

 インターネットの可能性についても、そうした点に見てみることもできるように思う。

 

 

風のトポスノート252

好奇心


2000.11.29

 

「ここには誰もいないんですか?」

「きみがまだ知らないだけだ。この博物館では大勢の人が働き、研究をしている」

「でも、僕らだけしかいないんじゃないですか」

「きみが願えば見えてくる。必要なときに、きみが必要とする人間が見えてくる。いつだってそうだ。すべてはきみの好奇心から始まる」

(瀬名秀明「八月の博物館」角川書店/P68)

 求めよ、さらば与えられん。だが、求めることのなんとむずかしいことか。

 多く人は求めずして、得ようとする。宝くじを買う類の求め方はわかりやすいが、求めることそのものに認識が必要とされる場合は、求めることに至る道を歩まないが故に、求めることにおいてみずから与えられることを放棄してしまうことになる。

 答えを得ようとして、問うことをしないのもそれに似ている。重要なのは、問いをもつことであるにも関わらず、答えを得ることばかりを求めてしまうのだ。問うことそのもののなかに答えが内包されているにもかかわらず。

 好奇心をもつことも、一見簡単なようでいて、その実、好奇心を持続させていくことのなんと難しいことか。すべてはプロセスそのものであって、好奇心の至るところはまたあらたな好奇心のプロセスの始まりにほかならない。

 求めることにおいて、人は未来にある。未来を創りだしている。未来がないがゆえに、人は求めようとすることにおいて乏しくなる。何を求めたいのかがわからない。なまじその想像力の乏しさで描くならば、その未来に縛られてしまう。

 未来は今の自分を縛るものであってはならないだろう。それは、現在のみずからを自由へと導くものではない。求めることにおいて自由であるならば、人は未来へと向かう自由のなかにある。

 

 

風のトポスノート253

新しいコモンセンス形成の機会


2000.12.1

 

 情報ネットワーク社会では、連合性皮膚系の優勢化がいっそう進むだけでなく、それとともにやがては、周縁系を含めて、脳機能の体系的な外化が行なわれることになる。ただしその過程において、合理主義と神秘主義が併存し、価値の混乱が起こる。

 とはいえ、情報についての選択肢が飛躍的に増大するので、それだけ選択の自由が拡大することになる。それを有効に生かすためには、氾濫する情報に流されないような強固な自己を確立することが要請されるだろう。それと同時に、問題を個人的なレヴェルにとどめずに、共通感覚(五感を貫き統合する根源的感覚)に基づいて、新しいコモンセンスを協力してつくり上げていく必要がある。それに、情報ネットワーク社会で浮上してくるのは、これまで日常社会で曖昧にされてきた問題が圧倒的に多い。

 コモンセンスがなければ、コンピュータ犯罪は法律問題にとどまるだけであり、情報倫理はお題目に終わるだけである。地下鉄サリン事件のゲームソフトのようなものも、ただ取り締まるやり方ではだめだろう。社会の情報ネットワーク化は、市民社会の基本的な諸原理を点検し、鈍磨した道徳感覚を問い直す絶好な機会なので、それを新しいコモンセンス形成の機会にしない方はないと思う。

(中村雄二郎「情報倫理の扱いにくさ」「デジタルな時代」所収/青土社/2000.12.20発行/P39)

 このところ中村雄二郎の「共通感覚論」をひさびさ読み返している。その際、シュタイナーの「十二感覚」についてのとらえ方を念頭におきながら、それをインターネットのようなネットワークのあり方に関連させて、さまざまに思いをめぐらせてみていたのだが、ここでいう中村雄二郎の「新しいコモンセンス形成」ということで、ひとつのキーが与えられたような気がした。

 インターネットは、フェイス・トゥ・フェイスでないとか、限定され抽象化された感覚性しか持ち得ないとか、匿名性故の混乱が起こりがちだとか、そうしたことがしばしば指摘されるのけれど、そうした否定面のみを云々するのではなく、むしろそれゆえに、「これまで日常社会で曖昧にされてきた問題」を問題にすべく、そのメディアにおいて俎上に乗っているのだととらえるのがいいのではないかと思う。

 自由だからエゴイズムが暴走すると見て、外から道徳という枷をはめるのではなく、内的な倫理を見直す重要な機会ととらえるのがいいだろうし、それまで浮遊していた集合的な自己を矯めて、「強固な自己を確立する」機会にするのが重要なのではないか。

 もちろん、混乱は避けられないところがあるだろうが、価値の混乱も、混乱するがゆえに、固定的な価値観を見直す重要な機会になるわけである。

 そのためにこそ、「共通感覚」ということをしっかりとらえなおしてみる必要があるだろう。それはとりもなおさず神秘学へのアプローチを内包しているはずである。従って、それは部分だけが切り離されて検討されるような現在の科学主義的なあり方を拡張した総合性、統合性が問題になるにとどまらず、新たな総合性へと向かう創造性こそが焦点にもなっていくのではないだろうか。

 

 

風のトポスノート254

卵の矜持


2000.12.26

 

 子供の頃に「自分は世界一だ」と思わないヤツはいないらしい。自分を振り返ってみると、なんだか色々そういうふうに素直に思えないことが多かったような気もするが、でも確かに自分が素晴らしいと思ったものは世界一すごいことだ、とかそういうことは確かに思っていた。で成長していくとそれらが必ずしもそうではなく、自分やその関連物は大したことのない存在だということも悟り出すわけだが、しかしだからといって大きくなった後で勘違いがすべてなくなっているわけでもない。というか、これは私見なのだが、子供の頃に考えていたことはシンプルすぎて的はずれであったことが確かだが、それは発生したばかりの生命が「私は細胞だ」と思っているようなもので、それはある意味、それよりさらに先の「私は魚だ」よりは正解に近いのではないか。つまり勘違いはある程度のおおきさになっているときの方が実はひどくなっているのではあるまいか。途中であることに違いはないのに、つい人は今の自分というものが置かれている場所が一番正しいとか思っているんじゃないかなあ、とか。

 とは言え私は「子供の頃の純粋な気持ちが一番真実に近い」などというつもりは毛頭ない。子供の観念というのは乱暴に過ぎて現実対処能力がない。これは子供っぽいために数々の苦労をしているくせに改善できないで困っている私が言うのだから間違いない。ただ……要するに「なぜ、今の自分が勘違いしていないと信じることができるんだ?子供の頃にあんなに 勘違いしていたことには気がついたのに」というよーなことを妙に自信ありげな誰かさんに言ってやりたいだけである。あんたままだ「途中」かも知れなくて、これからどーなるかはわからんだろーが、あんたは世界やその中の自分を「所詮そういうものだよ」とか思っているらしいが、それはまだ卵の中でなるべきものにまで到達していない状態なのかも知れないじゃないか、もしかすると俺たちはまだ、殻を破ってお日様をおがんですらいないかも知れねーだろうが、とかまー、そんなようなことを。その成長していく先というのが何なのかわからないのが困ると言えば困るが、そこをぐっと我慢してみせるのも卵としての我々の矜持っつーもんじゃねーのか?武士は食わねど高楊枝、ですか?

(上遠野浩平「ブギーポップ・カウントダウン/エンブリオ浸蝕」角川書店・電撃文庫/1999.12.25発行/P240-241)

 私はそこから何が生まれるのかわからない一個の卵だ。

 卵のなかで私は、自分がいったい何になって生まれてくるのかあれこれ想像をめぐらしたりする。

 ときに(多く?)その想像は現実を越えて肥大してしまう。大いなる勘違いである。自分はひとかどの人間である。天才である。今はまだだれも気づいていないかもしれないけれど、ほんとうは私はすごい人なのだ。云々。

 しかしその勘違いゆえに人は理想を持ち得るのだともいえる。自分はこうありたいという方向づけをみずからに与えるにおいて、そういう大いなる勘違いは有効な側面もある。

 悲しいのは、そういう勘違いが理想の方向を向くのではなく、自分のおかれている立場における自分の優位等を絶対的な権威のようにみなしてしまうことなどである。または、薄々その権威の有効性を疑っているがゆえに、その権威を失くしてはならないとそれにしがみつく。独裁者が自分を脅かす存在を次々と抹殺してくのにも似て。

 また、その大いなる勘違いは、ときに逆の方向に振れてしまう。自分なんかもうどうしようもないという自虐へと向かう場合である。この場合、おそらくはふつうのヒヨコとして生まれてくる状況を、自分は生まれてくる権利なんかないのではないかとか真剣に悩んでしまう。

 ぼくの場合、とくに少年の頃、大いなる勘違いは稀で、その自虐に苛まれていたのを今でもよくおぼえている。どうせ自分なんか、というやつである。故に、自分が大人になったらこうなりたいとかいうことに対して、ひどく消極的にしかなれなかった。しかしおそらく自分のおかれた現実から生まれてきたであろうその消極・自虐のなかにまたその対極としての大いなる勘違いのようなものがあったであろうことも推し量られる。ほんとうはこんなもんじゃないはずなんだけど、自分はこういう状況にあるからもうどうせこんなもんなんだろうというあれ。どちらにしても勘違いには違いない。

 さて、私は今こそそこから何が生まれるのかわからない一個の卵だ。今生まれようとする今こそではなく、卵としての誇りを持ちたいということだ。いったいそこから何が生まれるかわからないのは変わりないのだが、卵は卵として自分を何として生まれさせたいのかを今ある卵のなかにおけるプロセスとしてしっかり意志するということだ。それはひょっとしたら56億年後にやっとヒヨコになるような卵なのかもしれないが、みずからを可能性の卵としてしっかりと見続けるということだ。ときには勘違いしながら、とくには自虐にもなりながら・・・。

 ともあれ自分が何ものか、何として生まれてくるのかを急ぎすぎて自分を枠のなかにはめてしまうことは避けたいものだ。自分を決めてしまったら自分がそれ以外のものとして生まれる可能性をみずからが閉ざしてしまうことにもなるのだから。

 私はそこから何が生まれるのかわからない一個の卵としてそれなりの矜持をもつことにしたいものだと思う。

 

 

風のトポスノート255

日常勝負


2000.12.26

 

 たとえば「恋愛は戦いだ」とか、そういった形でよく「生きるということは戦うことだ」みたいなことが言われたりするが、しかし実際には人生というのは必ずしも勝ち負けをはっきりさせるために存在しているわけではない。極端な話、戦争に駆り出されて明日をも知れぬ生命の人々にとっても、最も重大なことは敵を倒すことではなくて、足に合わない靴でできた靴擦れが痛いのをどうすればいいのかとかそういう話であったりする。自然界は弱肉強食で生きるか死ぬかだとかロマンティックな響きで語られたりするが、しかし実際の自然界にはもっと現実的な棲み分け現象というものが存在していて、争いはむしろ回避されるような原則になっている。よく極限状況で人間の真実が明らかに、というふれこみで生死すれすれな目に遭った人々の話が語られるが、確かにそれらの話は人間のある局面における可能性の顕れではあるが、真実唯一のものでも極限でもない。単なる一局面である。その人々のそのときの勇気にはむろん感動するが、しかしその人たちとて生き延びた後では「さて今日の晩飯は何にすればいいか」というようなより頻繁な、人生の問題に直面していかなければならないの である。

(…)

 いや、おそらく我々は誤解している。日常における勝負というものがあるとすれば、それはすなわち「他人を蹴落とすこと」「その上に君臨すること」だと思いすぎているのだ。だからそうではない、ただ単に「相手と自分、存在するのはただそれのみ」という純粋な勝負というものを見失っている。そんな気がしてならない。もしも真剣に勝負を考えて、その上で対峙し、そして負けたとしたら、おそらくはその問題以外のところではこの両者にはもはや争うべき理由がない。たとえばどこかの民族紛争などはその辺のことが完全に混乱しているので、相手のことを見ようともせずに自分たちの混乱をただ苛立ちとしてぶつけあっているだけ、ということにしかなっていないと思うのだ、私は。何故ならばほとんどの問題というのは「それが、どうして問題になっているのか」をはっきりさせたところで八割は終わっているはずだからだ。どうしてそれができないのかというと、要するにあまりにも、勝負すべき場所があやふやになっていて決着をつけるべきことがないがしろになっている、世の中の問題とやらは実はそれだけのことでしかないことが多すぎるような気がしてならない。

(上遠野浩平「ブギーポップ・ウィキッド/エンブリオ炎生」角川書店・電撃文庫/2000.2.25発行/P257-259)

 世の中には争いがなかなか絶えないわけだけれど、なぜその争いがあるのかをよくよくみてみようとすると、みればみるほどその理由がよくわからないことが多いように思う。

 もちろん当事者同士にいわせるならばそれなりの理由のようなものは存在するのだろうけれど、その理由をもっとつきつめていくならば、それは多くの場合、理由のようなものにしたいというだけであって、ほんとうの理由はそこにはなかったりするのではないだろうか。

 そういう意味でいえば、その理由そのものについて、「それが、どうして問題になっているのか」がはっきりさせられればその争いはおそらくは争うほどのことではないということがわかるのではないかと思う。

 しかしおそらくそうはならないだろう。多く人は争いたいから争う理由をさがしているのであって、理由があるから争っているのではないだろうからだ。このことはちゃんと見ておく必要があるように思う。でも、よく争う人はまずそれを認めないだろうから、相変わらず争いも争いの理由もなくならない(^^;)。

 ところで、人は大舞台で戦わなければらなないようなときには、勝ち負けはともかくとして、その戦いがわかりやすいものだからけっこう腹が据わったりもするものだけれど、そうではなくて、日常で日々起こり続けているさまざまな葛藤のなかでは、すぐに感情的になったりいじけてみたり投げてみたり・・・のようにけっこう情けなくなることが多いのではないかと思う。仕事などでばりばりと難題を冷静に腹を据えて片付けている人が、生活面ではかなり情けない状況にあったり怒りっぽかったりもする。仕方ないと同情することもできるだろうが、悲しいことに、そういう人はやはり人間として信頼するに値しないだろう。そこにはもっとも重要な自己認識が欠如しているといえるからだ。

 禅寺で日常の些事そのものを修行にしているというのは、そういう意味でとても重要なことであると思われる。しかしもちろんそれは現代においてはもはや禅寺でするべきことではなく、日々の日常生活のなかでそれなりの形をとらなければならないだろう。隔離病棟でいくら修行しても修行に値しなくなるからである。修行はもっとも困難であろう日常においてなされるのがもっとも効果的なのだから。

 

 

風のトポスノート256

色々なヤツを色々なままにしておくこと


2000.12.27

 

 ぼくは十代の少年であることに失敗していた人間だと思う。なんというか自分が「若い」とか「未来がある」とか思ったことがなかった。(実は今でも思ってるけど)自分からすすんでクラスのこととかに参加とか全然しようとはしなかった。「なんでオレここに来てんだろ?」とずーっと思っていて、卒業したあとでも「なんでオレ、あんなに『なんでここにいるんだ?』とばっかり思いながら学校行ってたんだろう?とか考えていた。我ながらよくわからないヤツではあった。

(…)

 結局のところ学校は「他人と一緒にいるところ」である。そんだけだと思う。一人一人は互いのすべてに気づかないまま終わってしまうけど、それこど色々なヤツが色々なことを考えて色々なことにぶつかって、それでも通ってきている。しかし残念ながら学校というところはあんまり「色々なヤツを色々なままにしておく」ようには出来ていない。(だろ?今通っている諸君)きっとそれはすごくもったいないことで、でもやっぱり世の中というのはそういうもので、学校というのは世の中でそれほど特別な場所ではないのだと、今では思う。だからぼくは夢の中で「あー。キライだったアイツとももうちょっと仲良くなりたかったな」とか教室のすみで考え続けてはいるのだ、今でも。

(上遠野浩平「ブギーポップは笑わない」角川書店・電撃文庫/1998.2.25.発行/P282-283)

 ごくたまにではあるけれど学校の夢を見ることがある。やっと卒業できたと思っていたら勘違いで単位が少しだけ足らず、実は卒業できていなかったというまさに悪夢のような夢。そして今の自分の格好のままで教室に座って、子供たちといっしょに授業を受けてたりすることもある。これはかなり情けないというか鬱のままで放心しているというか…(^^;)。

 こういう夢をみてしまうというのは、やはり学校嫌い以外のなにものでもないのだろうけど、そもそもぼくは、子供であるということに失敗してしまった人間なのかもしれない。なんでこんなところに生まれてしまったんだろうとか、なんでこんな学校に通っているんだろうとか、自分がそこにいるということがよくわからないままでいた。

 今でもなんで今のような仕事をしているかわからないし、しいていえば、なぜこんなMLしているのかもよくよく考えればよくわからなかったりもするわけで(^^;)、事情はあまり変わっていないのかもしれないから、ぼくは生まれてくるということに失敗してしまっているのかもしれない。・・・・こういうの、いまだにわりとぼくの本音というか実感の部分です、はい。

 でも、やっぱり学校の夢をみて鬱々としたり、なんで自分はこんなことしているんだろうとばかり思っていても、やっぱりおもしろいわけではないから、そんななかでも、おもしろく生きられるようにしたほうがいいのではないか、とか今更ながらに思ってみたりもしている。

 で、世の中おもしろくないなと思うときというのは、世の中は「色々なヤツを色々なままにしてお」かないで、みんな同じ顔をさせようとしてるように見えるときで、そうでないときというのは、やっぱり「色々なヤツを色々なままにしてお」いているのに、その色々が生きているように見えるときである。ぼくがどうも組織が好きになれそうもないというのも、、多くの場合、組織は「色々なヤツを色々なままにしてお」かないからなのである。

 色はいろんな色があるから美しいのであって、みんな色をまぜてしまえば、絵の具の場合は真っ黒になってしまうし、光の場合だと真っ白になってしまう。そういう黒か白かというのだけで世の中が決められてしまうと、どう考えても面白いわけはない。

 と、・・・このところ、とくに意味のないことを書いていると自分でも思っているのだけれど(^^;)、これは、先日みつけた上遠野浩平の「ブギーポップ」シリーズが面白くてそれにつられて書いているだけのことでもありますので、深い意味とかあまり考えないで軽く読み飛ばしてください。

 

 

風のトポスノート257

分かるために分けて中すること


2000.12.28

 実のところヨーロッパ中世は、キリスト教という宗教とともに、ギリシア以来の哲学を発展させ、ヨーロッパ全体の文化基盤を整えた時代であり、近代の礎となった時代である。しかも、四〇歳あまりで亡くなったヨハネス・ドゥンス・スコットゥスは、思想家としては若死にだったが、中世の最後、近代の幕開けに大きな影響を与えた神学者として、キリスト教信仰をもった学者の間では案外有名な人物なのである。つまりかれの思想は、中世における思索の厳密化のなかで、確実に近代が顔をのぞかせている思想である。神の存在、自由、個体存在等々、ヨーロッパの基礎となった思想を知るうえで、かれの思想にまさる研究材料はない。

 この本は、ヨハネス・ドゥンスの思想に範を取りながら、ヨーロッパを知るうえに知っておかなければならない基礎の概念を紹介するものである。しかし、すでに述べてきたように、この本は、ヨーロッパ人がヨーロッパ人に中世を説明する立場を取らない。したがって、一般にヨーロッパの学者が問題にしていない側面も説明していくし、ヨーロッパの学者の目には入っていないことがらも説明することになる。そのため、ヨーロッパの研究を土台にしている中世の専門家に、まったく知られていないことがらにも触れることになる。実際、ヨハネス・ドゥンスの哲学は、実はヨーロッパ人自身が気づかぬうちに現代のヨーロッパ哲学に甚大な影響を与えているのである。そんなことをかいま見ることができるのも、ヨーロッパから離れた東洋の国にわたしたちがいるおかげである。

 そしてさらに、ヨハネス・ドゥンスの哲学が、思いもよらず日本人にも、多くの貴重な思索のたねを与えてくれることを、明らかにできると思う。実際、このヨハネス・ドゥンスの研究から、私たちは国際性をもった視点で哲学を理解する道を拓ことができるだろう。その意味で、ヨハネス・ドゥンスというあまり知られていない哲学者の思想は、意外な思想の鉱脈であり、そ の研究は日本人にもきわめて多くの問題解決の道を示唆してくれるものなのである。

(八木雄二「中世哲学への招待/「ヨーロッパ的思考」のはじまりを知るために」平凡社新書69/2000.12.15発行/P13-14)

 日本におけるシュタイナー受容の困難さということをいつも感じざるをえない。もちろん西欧においてシュタイナーがしっかり受容されているかといえば、おそらくそうはいえないというのが実際のところなのだろうと思う。もちろんドイツ語圏にいてドイツ語をある程度母国語的に読みこなす能力があれば、それはシュタイナー受容にとって大きな利点ではあるのだが、日本語が読めたからといって日本語で書かれていることが理解できるかどうかは、たとえば西田幾多郎の日本語で書かれた哲学書を読んでみるならば、日本語が読めるかどうかの問題以前の問題がそこにあることが容易にわかるだろう。

 シュタイナー理解のための基本書といわれるものを、やはりシュタイナーを理解しようとするときには読まねばならないだろうと日本人の多くはそれらをまるで教科書のようにとらえて、それと悪戦苦闘することになるのかもしれないのだが、それらを私たち日本人が読む際に忘れてはならないのは、それらの叙述された内容は、当時の西欧のいわば知識人といされている人が前提としているものが背景にあって成り立っているということである。「自由の哲学」にしても、「哲学」と名づけられている以上、西欧の哲学の文脈がわからないまま、それを読むことはかなり難しい作業になるし、そこに論じられている論点が何なのか、結局のところわからないだろう。

 「自由の哲学」は、いわば西欧の哲学界においては、その内容からして、おそらく「哲学書」としてはみなされなかったのだろうけれども、それが一般に哲学とみなされているものとの差異についても、西欧の哲学の文脈が理解されない限り、理解することはさらに難しくなる。

 そういう意味で、シュタイナーを読むということは、ヨーロッパ哲学の文脈、そこで何が問題になっているのか、というあたりをある程度は事前に見ておかなければならないということでもあるだろう。

 そういう意味で、この引用でご紹介したヨーロッパ中世哲学におけるヨハネス・ドゥンス・スコットゥスの思想に関する本書は、その文脈の基本のところを理解するために非常に示唆にとんでいるのではないだろうか。

 この引用でもあるように、そういう視点をおさえておくならば、それはまた日本におけるシュタイナー受容の可能性として逆の利点をも獲得する重要な示唆にもなるのではないだろうか。つまり、シュタイナーを西欧で読む場合、見落とされてしまいがちな点に気づくこともできるのではないかということである。

 おそらくシュタイナーは表現としてみるならば、当時の西欧の文脈のなかで語っていた以上、その文脈にある程度しばられざるをえなかった側面があるのは確かだろうが、その内容においては、その文脈に限定されないかぎりない深い内容がそこには盛り込まれているように思う。そのあまり気づかれていないかもしれない宝の部分を日本という文脈のなかで読んでみるということは別の可能性をシュタイナーから引き出すということでもあるはずなのだ。しかし、現在の日本におけるシュタイナー受容においては、そのための準備があまりも希薄なのではないかと感じざるをえない。日本特有の西欧受け売り&卑小型の受容をなかなか越えがたい、というのが現状ではないかという気がする。

 シュタイナー受容を豊かなものにするためにも、そこに述べられていることの文脈、背景にあるものを、まずはちゃんと「分けて」とらえ、「分かる」、理解するということがそのための準備として必要なのではないか。そのためにも、本書の視点はかなり役立つのではないかと思う。まずは何がそこで問題になっているのかを「分けて」考えることができなければそれを認識するという作業は最初から頓挫していることと同じだからである。

 そうしたことをはじめとする準備作業を進めることで、たとえばシュタイナーが「自由の哲学」において「一元論」を主張したように、「分けて」とらえ、「分かる」ことを基礎としたそれらの統合としての「中」の可能性の種にもなりうるのではないだろうか。

 

 

風のトポスノート258

VSイマジネーター


2000.12.29

 

……確かに何かがいる。人に『かくあらねばならない』と思いこませている何者かが。それは人々の間に入り込み、いつのまにか世界を軋ませている。

(…)

……人間の生涯に、何らかの価値があるとするならば、それはその何者かと戦うところにしかない。自分の代わりにものごとを考えてくれるイマジネーターと対決するVSイマジネーターーーそれこそが人々がまず最初に立たねばならない位置だろう

(…)

問題は、安易にわかりやすい解決と結末をよそに求める君の根性のなさだ。それが世にイマジネーターのはびこる最大の理由だ。

(上遠野浩平「ブギーポップ・リターンズ VSイマジネーターPart1」角川書店・電撃文庫/1998.8.25.発行/P240・266)

 これが真実なのだといわれそれに従ってしまうのはなぜだろう。なぜそんな真実とやらに従わねばならないのだろう。そういうものだ、しかり、これが国民の道徳だ、しかり。

 真実は自分で見つける以外にない、自分で創造する以外はずなのに、それを誰かが親切にも届けてくれるように思っている。真実はそんなコンビニではないはずなのに、コンビニだと思い込みたいその心のすきまに入り込んでくるものがある。仏陀に逢ったら仏陀を殺せというようにいわれるのもそういうことだ。

 自分の代わりはだれもいないのだと知らなければならない。それは自分のこの宇宙におけるかけがえのなさでもあるし、それは同時に、自分の代わりに親切にも考えてくれたり、真実を気安く届けてくれるものなどないということでもある。

 それをはいそうですかと受け入れてしまうということは、自分というかけがえのなさを放棄してしまうということであるということを知らなければならないだろう。

 自分にとってむずかしくてわからないということもそうだろう。それが難解のための難解というようなものであれば話は別だが、そうでない限り、むずかしいならば、わかるまで認識を深めればいいだけのこと。それをわかりやすくだれかに教えてもらおうとしても、そのわかりやすさは、それが認識の質を低下させないならばいいのだけれど、容易にさきのコンビニと同じになってしまう危険性をはらんでいる。自分がわかるということは自分がわかるということであって、それをだれかに代わってもらうことなどできないのだから。テストの答えをうつしても自分で答えたことにはならないように。

 

 

風のトポスノート259

かけがえのない関係


2000.12.29

 

 美しいひと、とひとは言う。だが、ひとに「美しい」という形容をあたえることは、考えてみればじつはひどく残酷なことだ。ある顔のかたち、身体のかたちを美しいと言ったとたん、「美しくない」という反価値が生まれる。ひとはときにそれを「正しくない」ととらえなおし、さらに磨きをかけないといけないと思いつめる。そしてビューティ・サロンへ。そこにお金を注ぎ込むようになるのだ。

(…)

 「美」という言葉がひとの形容に用いられると、「美」は選別の基準になってしまう。これは必然だ。そしてひとは驕ったり、卑屈になったりする。「美しい顔、美しい身体」、これは「美しい」ということが「ひと」や「女性」の属性としてとらえられるとき、だれも逃れがたいような選別効果を発揮する。男性のほうからの。(…)

 ふつう、ひとはなかなか信じてくれないが、そういう「美しさ」はじつはそのひとに魅かれ、なじみだすとどうでもよくなる。そのひとだけを見るようになるからだ。他の女性と比較するのではなく。(…)

 比較するというのは、相手をじぶんとの関係においてではなくて、第三者たる他人との関係のなかで相手を見ることだ。そのとき相手もまた第三者の位置に退いてしまう。そういう関係のなかで相手をだれよりも「美しい」と言うのは、相手を交換可能なものとしてまなざすことにほかならない。比較するというのはひとを他のひとの上か下に位置づけるということだ。いろいろ組み合わせを替えられるということだ。ひとの比較が不敬である理由はそこにある。

 ひととひとのかけがえのない関係というのは、比較を超えている。たがいに二人称のなかで相手をとらえるということだ。相手がじぶんにとって かけがえのないひとであると確信したとき、そのひとの「美」をひとはもはや三人称で語ることをしなくなる。

「あなたはうつくしい」それだけが、「美」をめぐるまことの語り口となる。

(鷲田清一・植田正治「まなざしの記憶ーーだれかの傍らで」TBSブリタニカ/2000.12.27発行/P17-19)

 だれかをだれかとくらべる。なにかをなにかとくらべる。

 そのくらべるということにおいて、その人もそのなにかも私とかけがえのない関係にあるとはいえないだろう。

 かけがえのなさということは、つねに、比較を超えたところでの私との関係ということにほかならない。

 その人がその人であるということにおいてではなく、その人のもっているさまざまな属性や役割において、そのひととの関係をもつことしかできないとするならば、その関係は「かけがえのある」ものでしかない。

 愛するひとは愛するひととしてかけがえのないひとであるならば、そのひとはそのひとであるということが重要なのであって、そのひとのもっている属性や役割、そのひとがどうみられているかなどが重要なのではない。そのひとがそのひとであるがゆえに、そのひとを愛するのである。

 もしそのあいての属性などに、自分の気に入らない点を発見し、疑心暗鬼になったり、不信に陥ったりするのだとしたら、そのひととの関係はもはや三人称の関係になっているのだといえる。

 逆にいえば、三人称の関係にいるかぎりにおいて、ひとを愛しているとはいえないのだということもいえるのではないだろうか。交換可能なひとを愛しているなどとはいえないだろうから。

 そういう意味で、愛というのは三人称の関係ではない。だが、重要なのは、三人称ではないにもかかわらず、そこに他者がなければ愛は成立しえないということである。だから、愛する人であるためには常に他者の関係においてでなければならない。単なる情のようなアストラル的な融合関係ではないということ。しかし、決して三人称であることはできないのである。その逆説を生きることのなかにこそ、愛はあるのだといえる。逆説ゆえの愛である。そこにかけがえのない関係が、常に創造のプロセスとして立ち現れることになる。愛が芸術でもあるというのはそういうことである。

 

 

風のトポスノート260

きれいはきたない、きたないはきれい


2000.12.30

 

 「きれいはきたない、きたないはきれい」という言葉があるが(あるんだよ)、この言葉をなんかで聞いたか読んだかしたときに「ホントだなあ」とか何の根拠もなく思ったことがある。あんまし普通の人にはわかりにくいことかもしれないが、ひょっとしてどうしても許せないことというのは、なにがなんでも許さなきゃなんないことで、そしてとても素晴らしくて皆が認めることというのは、何がなんでも否定しなきゃいけないことなんじゃないかなぁーとか。まあなんつうか、時々そんなことをボケーッと考えたりする。

 ところで私は音楽というヤツがかなり好きで、人から「どんなジャンルが好きなの?」と訊かれると「サァ……」としか答えらんないくらいにいろいろと好きなのだが、実に私は、学校の授業では音楽というのが致命的に苦手でキライであった。タテブエというヤツでさえよう吹けんのである。指が動かんのだ。おまけに楽譜というヤツが読めない。あのオタマジャクシが音として表されるとうことがよくわかんなかったのだ。バカだった、ということではあるのだが、まあそのせいで私は音楽というヤツがずーっと苦手だった。学校でやんなきゃならないというプレッシャーと、あとなんか「音楽がわかるヤツはかっこよくてセンスがいい」という常識が「ならオレはいいや……」と逃げ腰にさせていたのである。まともに聞くことができるようになったのは学校卒業して十年近く経ったここ最近である。はっきり言ってすげえ損したような気がしてしょうがない。別にセンスなんかどーでもいいから素直に音楽を楽しめてりゃぁ……と「常識」に腹立てたりもした。学校で「音感教育」だかなんだか知らないが、余計なことしてくれたよーなとか。こーゆーのばっかしなんだオレは。

 リッパなエラいヒト達の言ってくださる「想像力が大切だ」とか「夢見る心を忘れないようにしよう」というコトバたちは、どーしてああも白々しく陳腐なのだろう?そーゆーことを言われるたびに「うるせー余計なお世話だ」としか思えず「想像力なんざ知ったこっちゃねーや!」とか思ってしまう。「前向きに考えるイマジネーションパワーが」なんてお題目見ると爆弾ぶつけてやりたくなる。我ながらアレだが、明るく楽しいものというのが苦手だ。本当にこれは困る。みんなが陽気にしているのを見ててなんか凄く不気味なものを前にしているような気がすることがある。まあ私もみんなと一緒に「あはは」とか笑っていたりするわけで、そうしている自分こそが一番不気味だな、とか。あーあ。

 でもおそらくはそれこそが「きたないはきれい」でもっとも認めなきゃなんないことなんだろう。不気味であることを前にして、それでも何かをしなきゃなんないのだろう。しかしあァ……そんならもーちょっと「きれいはきたない」という方もはっきりさせなきゃフェアじゃねーよなァ……と、まーそんなことを考えながら、そういうことをなんとかしたくて今日も生きている。

(上遠野浩平「ブギーポップ・リターンズ VSイマジネーター Part2」角川書店・電撃文庫/1998.8.25.発行/P273-735)

 「きれいはきたない、きたないはきれい」は、シェークスピアのマクベスのなかの有名な科白らしいのだけれど、この言葉を聞くと、老子を思い出す。

 上編の第二章にこうある。

天下すべての人がみな、美を美として認めること、そのことから醜さ(の観念)が出てくる。(同様に)善を善として認めること、そこから不善(の観念)が出てくるのだ。まことに「有と無はたがいに(その対立者から)生まれ、難しさと易しさは互いに補いあい、長と短は明らかにしあい、高いものと下いものはたがいに限定しあい、音と声はたがいに調和を保ち、前と後ろはたがいに順序をもつ」のである。それゆえに聖人は行動しないことにたより、ことばのない教えを続ける。云々

(小川環樹訳注「老子」中公文庫/昭和48年6月10日発行)

 このことは、言葉にならなかったものの、ぼくにとってはかなり小さい頃から鬱々と感じていたことで、そのことが、老子のなかに見つかったときはほんとうにうれしかったのを今でもよくおぼえている。

 美にしても善にしても、正しさ、純粋さ等々にしても、それらはその対極があることによってはじめて成立するわけで、その一方の極だけがいわれるとき、もう片方の極は闇から働きかけることになる。そのことをちゃんとわかっているかわかっていないかということは重要で、たとえば「勉強しなさい!」とか「いい子にしなさい」といわれるとすれば、子どものほうは、多くの場合、「勉強なんかしたくない」、「悪い子で悪かったね!」というふうに反応してしまうことになる。

 「〜しなさい」といわなくても、自分の周囲に、それを真似たくなるような人がいたり、それがほんとうに楽しそうであったりしたり、興味津々にならざるをえない状況にあったりするならば、それは自ずと身についてくるわけだし、そのプロセスにおいて、常に対極のバランスがダイナミックにとれているのではないかと思う。

 天邪鬼というのはあまりよくいわれないけれど、その存在は、それを道化的な役割としてとらえるとするならば、ある対極を前提として使われることばの片一方、とくに美徳とされたり正しいとされたりすることの方だけがもう一方の対極を排除するかたちで(まるでそれがないかのように)強調されるときに、そのもう一方を見せてくれるという意味で、とても重要なスタンスなのではないかと思う。もちろん、それがただの賛成の反対のようになることもあるけれど、それはすべてのものにある両義性ということでもある。

 そういう意味で、なにかが言われるときには、言われた対極にあるものや言われなかったものが、そこに同時に潜在しているのだということを、ある程度意識化しておくということは、その対極の弁証法的な統合へ向かうプロセスのためにも非常に重要なのだと思う。


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