風のトポスノート231-240

(2000.7.24-2000.9.13)


231●調査という無明

232●ひとりとみんな

233●精神世界への逃避

234●嫉妬

235●永遠の今

236●アニムスとアニマ

237●山

238●カインとアベル

239●伝統的な身体文化

240●バウハウスとクレーなど

 

 

 

風のトポスノート231

調査という無明


2000.7.24

 

我々は大衆の意見を聞くことに追われて、それを変えられることを忘れている。我々は統計数字を追いかけることに追われて、それを作り出すことができるということを忘れている。

(ジョン・スティール「アカウント・プランニングが広告を変える」ダイヤモンド社/2000.6.8発行 P77)

広告効果に関する事前調査ということがよく行なわれる。アンケート調査もそうだし、グループインタビューなどもそう。広告効果だけにかぎらず、NHKや新聞社などでもアンケート調査が行なわれその結果が放送や紙面などで公表されたりする。

そのたび毎に思うのだが、あの公表された数字はいったい何なのだろう。それ以前に、あれはいったい何のために調査され、発表されるのだろう。「みんなはこう考えているのだけれど、あなたはこれでどう行動しますか?」と視聴者に、読者に問いかけているのだろうか。「あなたは最大公約数ですか、あなたは少数派ですか、あなたは・・・」

すべての調査が無駄だという気はないけれど、調査と発表そのものが、ある種の「意図」のなかにあり、その「意図」の実現が、視聴者や読者の目から隠されているということには、少なくとも気づかなければならないのではないかと思う。しかも、調査そのものが、ある種の実験室のなかでの科学実験のように、非常に特殊で限定されたものでしかないということにも気づく必要がある。

民主主義というのを最大公約数の意見を尊重することで、みんなが望んでいることを実現するのがいちばんいいことだ、というふうに漠然と思い込んでいる人は、今でもかなり多いのではないかと思うのだけれどもちろんそんなことはない。

それに、「意見」というのは、その「意見」を出すための「条件」次第で変わる。先ほどの衆議院選挙でも、投票前に見せられた「現在の動向」によって、おそらく投票結果は変わってくる。もちろん、おらが町の代議士様に投票する人の「意見」の「条件」によって多くの現代日本の政治家は決定されていることを見過ごしてはならない。そして、そのおらが町の代議士様に投票する人の「意見」が出され「条件」そのものを変えなければ、政治家も変わらないが、その「条件」が変われば政治家も変わるということはいえる。

また、現代人の「意見」の「条件」を大きくつくっているのは、マスコミであるということは否定できない。そして、「調査」と称するものを行ない、テレビで新聞で発表する。実際には、マスコミは「大衆の意見」を少なからず作っているのである。しかし、マスコミの多くは、その背景となって自分の生活を保障してくれる視聴者や読者の「大衆の意見」に色目を使いながら、それを作っている。蛇がしっぽを咬んでいるような構図。しかし、その構図のなかで、ある種の「意図」が働いているようにも感じることがある。それはいったい何だろうか。

それは別として、そういう「大衆の意見」からみずからを自由にするにはどうすればいいのだろうか。おそらくあらゆる「類」の発想に意識的になることだろうと思う。「おらが町の代議士様に投票する」ことがいったいどういう結果を生じさせることになるのか、ということを「おらが町」という利権から考えるのではなく、自分の責任としてとらえるということだろう。

「類」の発想というのは、自分がそこに属していると思っている集団的な在り方のなかで、自分をそこに縛ってしまうとらえ方のこと。その縛りを解くことは、その集団になすりつけていた自分の責任を自分に取り戻すということでもあるので、その際のリスクを負う恐怖から多くの人は、自分を自由にさせないでいる。自分が今こうなのは、自分のせいではなく、何か他の責任であると思い込みたがること。

ともあれ、さまざまな「調査」は、多く積極的な創造性が欠けていて、むしろ「調査」に伴う無意識的な思いこみによる創造になってしまっている。そういうときに現われる「数字」を見るとき、我々はそれをそのままプレーンなものとして見ることはできない。その「数字」がいったい何なのかをじっくりと考えてみる必要がありそうである。

 

 

 

風のトポスノート232

ひとりとみんな


2000.8.2

 

スナドリネコ氏のモットーは、「ひとりでやれることは、ひとりでやれ。みんなでやることは、みんなにやらせろ」というものです。

(いがらしみきお「ぼのぼの19」2000.8.27発行)

ふたりでいるためには、ひとりでいることができなければならない。でないと、ふたりが1+1=2どころか、1+1=1とか、悪くすれば、1+1=-1とかになってしまいかねないからひとりでいることができるとき、むしろ1+1は3にも4にもなる可能性を秘めることになる。

みんなでいるためには、ひとりでいることができなければならない。ひとりでいることができないみんなは、「群れ」ているだけである。「群れ」ていることで安心し、みずからのアイデンティティをかろうじて保つことができるのだとしたら、「群れ」をみずからのアイデンティティとしていることになる。1+1・・・・・=1ということ。そして、悪くすれば、ファッショのように、暴徒のように果てしなくその和は、おそろしいマイナス街道を走ることになる。

あとは、「趣味」の問題。スナドリネコさんは、けっこうぼくの「趣味」に近いスタンスであるように思うことが多い。

ひとりでやれるのに、みんなでしようとするのは、やっぱり面倒だし、ひとりでやれることをみんなでしてしまうと、結局は迷路のようになってしまって、いわば「はか」がいかない、はかばかしくなくなってしまうことが多いのではないかと思う。

みんなでやるときに、それに参加しないというのは、場合によっては、「非協力的」とか「和」を大切にしないとかいわれることも多いと思うのだけれど、やっぱりみんなでやることが好きな人にくらべて、きわめてストレスが多いし、なによりも、みんなでやることを外から見ている人がひとりくらいいてもいいのじゃないかとも思ってします。みんなが、群れ化して一元化しようとしているときに、「そうじゃない!」ということもいえる可能性があるから。もちろん、そのときの前提が、ひとりでやれることをひとりでやる、ということである。

 

 

 

風のトポスノート233

精神世界への逃避


2000.8.10

 

 心の世界を広げていこうとすることはとてもすばらしいことなのですが、そこにハマっている人たちは、そこに逃げ込んでしまっているときが往々にしてあります。

 そのことを、そういった精神世界の話をする指導者のような人たちがさんざん言っているにもかかわらず、どっぷりとハマっているのです。

 その状態がどのように奇妙に見えるかということをその人たちは知らないのです。

 ある特定の集団に入っている人たちにもその傾向があります。

 私はどこに所属していても構わないと思っている者です。

 どこに所属しようと、どんなワークを受けようと、向かうべきところがいっしょだということを知っているからです。

 そして、すべてプロセスにすぎないことも知っているからです。

 ですから、決して非難や評価をしているわけではないのです。

 ただ、そういったところにハマっている人というのは、日常にそれを活かすことをせず、見えない世界の話や、そこで使われる用語だけを使って話し、仲間意識を、知っている者同志で持ち、世界を狭めている人が多いのも事実なのです。

(日木流奈「月のつぶやき」大和出版 2000.8.10発行P38-40)

「心」が大切であるということは言うまでもないことなのだけれど、その「心」が閉じてしまったとき、その「心」は心でないものとの対極において存在することになる。たとえば、「物」と対立する「心」など。

いわゆる近代合理主義といわれるものは、主客二元論で、主体と客体を対立したものとしてとらえている。それを生み出した背景には、キリスト教のドグマによって、人間は魂(心)と肉体を持ち、霊を持たない存在とされてしまったことがあるように思う。

そのために、現代的な科学も発達しえたところがあるのだが、それによって唯物論的な世界観が世界を覆うことになった。最近では、それに対する無自覚な反動によって、心の世界がクローズアップされることになっている。

本来であれば、魂(心)と体、そして霊という三分節的な人間観を取り戻す必要があるのだけれど、昨今の「精神世界」と呼ばれている現象の多くは、その三分節のダイナミズムをとらえていないように見える。多くは「物」と「心」や、物質世界と精神世界のような二元の世界のなかで、みずからを位置づけようとしているのではないか。「精神世界」にどっぷりと浸かることで、通常の生活を軽視してしまうのもそのひとつ。もっとも身近なところを見ないで、自分に直接関係しないところで「心が大切だ」とする逃避。そういう二元で生きる場合、「心」を大切にするということは往々にして「物」へのアンチゆえにむしろ「物」にとらわれその価値観に縛られてしまっているのと変わらないことになる。

そうした無自覚な精神世界の影響は、「精神世界」と称される領域ではなく、むしろ、心理学や精神分析、カウンセリングなどのほうででているようで、たとえば、ちょうど今月の「現代思想8月号」(青土社)の特集である「感情労働」というのもそのひとつのあらわれであるといえる。

シュタイナーが、精神分析批判をしているように、精神分析や心理学の理論は、その理論そのものが人を無意識のうちに縛ってしまい、そのロボットになってしまうところがある。「感情労働」というのは、「気配りのすすめ」「心の教え」などをマニュアル的に学んだがゆえのもので、多くの人がそれを学ぶことによって、人はむしろそうした図式によって縛られてしまうのである。

人は多くロボットであることに安らぎを見出そうとする。つまり、これこれこういうことが正しい、価値がある・・・というように外から図式的に型にはめられることで、あれこれと、自分はいったいどうしたいのだろうか、というように自分を見つめないでもすむからである。見つめたように思っていても、その自分は図式化された自分であり、それに基づいて見えている人間関係であるにすぎない。

そうした「精神世界」の大安売りは、先ほど述べたように、「唯物論的世界観」のシャドーであり、根っこは同じ所にある。精神世界的集団も、そうした「唯物論的世界観」への無自覚さから形成されるものであることが多いのではないだろうか。

 

 

 

風のトポスノート234

嫉妬


2000.8.10

 

ご紹介するまでもないと思っていた本なのだけれど、今日、yuccaが、その本に書かれてある著者自身の「嫉妬」の対象となる人物のところを読んで、笑い転げていたので、ちょっとだけ、ご紹介することにした。(その具体例は後ほど)これで、ぼくはこの著者を哲学者と思うことをやめたのだれけど(^^;)。

■中島義道「ひとを<嫌う>ということ」

 (角川書店/平成12年6月30日発行)

本書を書いた動機について、著者は次のように述べている。もちろん、その動機に関しては、それなりに理解できるし、それをきっかけに「ひとを<嫌う>ということ」についての本を書き、思索を深めることは意味のあることなのだろうけれども、「ひとを<嫌う>ということ」についての思索が、本質的なところで深められているとは本書を読んでもどうしても思えなかった。

私が「嫌い」というテーマをここで集中的に考えてみようと思い立ったのには、一つのはっきりとした理由があります。私はこれまでの長い人生において、むやみやたらに他人を嫌うことがあり、また他人からトコトン嫌われてきたことも少なくない。私を嫌な奴だと思った人は膨大な 数にのぼるでしょう。しかし、それだけなら自己批判力のある人なら、俺も、私も、と言うかもしれない。そんなきれいごとではないのです。突如「嫌い」が私の人生の最大のテーマとなったのは、私がそれまでもなんとなく嫌われていた妻や息子から、ウィーンで昨年のある日を境に激しく嫌われるハメに陥ったからです。

(…)

思えば、母は父を嫌って死の直前まで40年間彼に罵倒に近い言葉を浴びせつづけていた。その言葉とほとんど同じ言葉が、今や妻の口からでてくる。そして、私も父を死ぬまで嫌っていた。いや、死んでからもなお嫌っている。息子が、また私をはっきり嫌っている。これは一体何なのだ!私はみずから生きてゆくために「嫌い」を研究するほかはないと悟った。つまり、私は自分を納得させるために本書を書いたというわけです。

(P6-7)

ほんとうにこれで自分を納得させられたのだろうかと疑問に思うが、おそらくは妻や子にトコトン嫌われている状態を放置しているだけで、何の解決にもなっていないような気がする。もちろん、解決するとかいうのは、本書のコンセプトにはないのだけれど(^^;)。しかし、やはり、そうした快ー不快の正当化分析とでもいうようなものを「哲学」と呼ぶことはできないのではないだろうか。快ー不快を対象化して見つめるというのは重要なことなのだけれど、やはりそのことによってある種の認識の深化や自分の感情の変容へと至らなければどうしようもないことだと思ってしまう。少なくとも、著者は、妻や子になぜ嫌われているのかを理解しようと思っているのだろうか。嫌われている現実をいくら見据えたところで、その嫌われていることをまるでア・プリオリなものであるかのようにとらえてしまうとしたら、やはりあまりにも稚拙ではないかと思えてしまう。

さてさて、こうした著者の「嫉妬」する人物のところをご紹介することにしたい。とにもかくにも、笑えることうけあい(^^)。 

ああ、それにしても私はなんとすさまじく多くの人に嫉妬することでしょうか。嫉妬心があまりなさそうな人をときたま見かけますが、私にとっては怪物のような違和感があります。私は、まず、何にせよ知的領域において卓越した地位を築き、かつ見栄えのする男(モテそうな男)には誰にでも嫉妬する。ですから、芥川龍之介にも志賀直哉にも萩原朔太郎にも小林秀雄にも吉行淳之介にも澁澤龍彦にも島田雅彦にも、小沢征爾にも坂本龍一にもショパンにもカラヤンにも嫉妬する。次に毛並みがよくかつ優雅な感じのする人には誰にでも嫉妬する。ですから、細川元首相や千宗室や(白洲正子の夫であった)白洲次郎や片岡仁左衛門や市川染五郎にも嫉妬し、ケネディJrにさえ嫉妬する。女性に嫉妬することははるかに少ないのですが、それでも美人で知性的で(知性以外の面でも)聡明でかつ好きなように生きている人にはある程度嫉妬します。作家では、例えば白洲正子や曾野綾子や塩野七生や山田詠美等。

そのほかにも、評判のよい本を出した人に嫉妬し、賞を取った人に嫉妬し、よいポストを占めている人に嫉妬し、器用に生きている人に嫉妬し、そればかりか品性の高い人(たまにいるものです)に嫉妬し、趣味のよい人に嫉妬し、清貧に徹している人に嫉妬し、隠れて生きている人に嫉妬し、アリョーシャ(ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の登場人物)のような純粋な人(ホンのたまたま見かけます)に嫉妬し、悟りに至った人や信仰をかち得た人に嫉妬し……と際限がない。ですから、私は毎日が苦しくて苦しくてたまたない。(P88-89)

 こうまで並べられたら絶句してしまう(^^;)。

 人はある程度はだれでも「嫉妬」とは無縁ではなく、うらやましいな、というくらいはだれでも思うのだろうけれど、こうまで「嫉妬」すると、ちょっと・・・。少なくとも、ぼくはここに具体的に挙げられている人を「嫉妬」する気にはならないので、あきれて笑ってしまった。

 著者の苦しさは、仏教でいう心の毒をそのままにしておくどころか、それを正当化して「哲学」したと思っているわけだから、相当なものなのだろうなとは思うけれど、同情はしない(^^;)。

 しかし、この、自分を哲学者と称している著者は、いったい何がしたいのだろうか。ひょっとして、人と争うのが飯より好きなのかもしれない(^^;)。調和を至上目的とするというのも偽善的で嫌だけど、その裏返しにあるのがこういう姿勢なのかもしれない。そして、それが裏返しであることに気づいていないところが、「苦しさ」のもとになっているように思える。

 仏陀は、人の生を「苦」であると喝破し、キリストはその「苦」を越える可能性としての「愛」を衝動として注ぎ込んだのだが、おそらく著者は、かつてある種の苦行僧であり、苦行することを目的としていたのかもしれない。

 ともあれ、この「神秘学遊戯団」のテーマのひとつは「嫌いでも理解」ということ。ついでに、「嫉妬しても理解」も付け加えておくことにしようか。

 

 

 

風のトポスノート235

永遠の今


2000.8.28

 

 一次元存在にとって、二次元、三次元、四次元、そしてそれ以上の空間の性質は時間の中にある。それはすべて時間である。二次元存在にとって、時間は三次元、四次元、そしてさらに高次の空間の性質を含んでいる。人間(三次元存在)にとって、時間は四次元とそれ以上の空間の性質を含んでいる。

 かくして、意識と知覚形態の上昇と拡大に従って、空間の性質は増加し、時間の性質は減少する。

 換言すれば、空間感覚の成長は時間感覚を犠牲にして進む。あるいは次のように言えるかもしれない。時間感覚とは不完全な空間感覚(不完全な表象能力)であり、それが完全になるに従って空間感覚(形態表象能力)に移行する、と。

 これまでに解明したあらゆる原則に基づいて宇宙観を描くとしたら、それがどんなに抽象的であろうと、それは当然、習慣的に思い描いているのとはまったく異なる宇宙だろう。まず最初に、それはまったく「時間」に依存しないだろう。あらゆるものは常に存在する。その宇宙はインド哲学の言う永遠の今から成立している。そこには過去も未来もなく、既知のものも未知のものも含めて、ただ現在だけがある。

(ウスペンスキー「ターシャム・オルガヌム」コスモスライブラリー 高橋弘泰訳/P136)

 「永遠の今」というのは、イメージしがたいところがある。「時間」というと、どうしても過去ー現在ー未来という直線的に流れていくイメージが強いからである。過去は過ぎ去ってしまって戻らない時間、未来は未だ来たらぬ時間。それなのに、「今」このときに、「永遠」があるとはどういうことだろうか。

 そうした「永遠の今」をイメージするために、ここに述べられているように、「時間の空間化」としてとらえてみるのもひとつの方法であるように思う。

 たとえば、シュタイナーは講義「四次元」の第1講で、こう述べている。

 たとえば立方体のような3次元存在は2次元存在を知覚することができるでしょう。さて、人間は3次元を知覚することができます。私たちが正しく推論するならば、こう言わなければなりません。1次元存在が点だけを知覚することができるように、2次元存在が1次元だけを知覚することができるように、そして3次元存在が2次元だけを知覚できるように、3次元を知覚することができる存在は4次元存在のみです。人間が外的な存在を3次元に従って境界づけることができ、3次元からなる空間と[関わることができる]ということによって、人間は4次元的でなければなりません。そして立方体が2次元だけを知覚できるのと同様に、人間はみずからの生きている4次元を知覚することができない、というのが真実なのです。

 人間は四次元存在であり、「永遠の今」においてあるにもかかわらず、知覚能力、空間感覚としては、三次元的であるということがいえる。

 二次元存在が立体を空間的にとらえることができず、運動という時間性のなかでしかとらえることができないように、「永遠の今」という空間的なものを、私たちは過去ー現在ー未来という時間としてとらえているということがいえないだろうか。

 もちろん、「永遠の今」を静的にとらえてしまうならば、過去ー現在ー未来が既に決まったものとしてイメージされてしまうが、それこそが、「永遠の今」を時間的にとらえてしまっていることになるだろう。「永遠の今」は、時間的制約から解放されているがゆえに、まさに「自由」の根拠でもあり、過去ー現在ー未来という直線性からも自由でなければならないからである。

 仏教に、すべての事象が関係しあっていることを意味する「縁起」というコンセプトがあるが、過去ー現在ー未来のあらゆる諸事象もそういう「縁起」としてとらえるといいかもしれない。すべての「永遠の今」は「縁起」においてあるということである。従って、今ここにおいてなすことのすべてが、「永遠の今」よりなる「縁起ー空間」に影響を与えるということになり、「今に生きる」ということがなによりも重要なことになってしまう。

 しかし、東洋的な円還する時間のようなものを「永遠の今」的にイメージしてしまうと、たとえばシュタイナーのいうような宇宙進化論的な意味がわからなくなってしまう。つまり、「永遠の今」よりなる「縁起ー空間」そのものを平板にイメージするのではなく、その「縁起ー空間」そのものが生きて変化成長しているものとして(もちろん、直線的時間としてではなく)とらえられなければならないだろう。でなければ、この宇宙そのものの存在意味がわからなくなってしまうわけだから。

 

 

 

風のトポスノート236

アニムスとアニマ


2000.9.3

 

 三つの原理がある。ひとつめは、あらゆるものが相互に依存しあっているということ。二つ目は、生は両極に分かれていて、この両極は反発するのではなく、互いに補い合うということ。三つ目は、それぞれの内に両極が含まれており、単極で存在するものではないということ。(…)

 神は<一なるもの>だ。だが、創造の力を現すときには、神はみずからを二つにーーアニムスとアニマに分ける。それなくして神の顕現はありえない。それなくして生の弁証法は生まれない。神はみずからを相反する二つの命題に分ける。なぜなら相反する二つの命題によって、はじめて挑戦、葛藤、苦闘が生まれるからだ。そして、苦闘、摩擦を通じてエネルギーがつくりだされる。(…)

 さて、相反する命題が高い次元で統合されるような仕方で、この二元性を使わねばならない。生のわざ(アート)はそれにつきる。(…)男と女、昼と夜、世間と出家、物質と精神、大地と大空の統合でなければならない。(…)

 男であれ女であれ、すべての人のなかにあるアニマを克服しなければならない。なぜか?それはアニマが形であり、肉体であり、物質だからだ。精神が主人にならなければいけない。精神が肉体の上に君臨しなければいけない。精神が肉体を従わせなければいけないのであって、その逆ではだめだ。だから、男であろうと女であろうと関係ない。内なるアニマをアニムスに従属させなければならない。なぜなら、アニムスのみが探究し、探索することができるからだ。そして女性が後からついてくるなら、アニムスは実在の奥底まで分け入っていくことができる。(…)

 神、あるいは真理の探究においては、男が先頭に立ち、女が従わなければならない。あなたの内側では、アニムスが師になり、アニマが弟子にならなければいけない。そして、もう一度くり返すが、あなたが男であるか女であるかは関係ない。

(和尚「黄金の華の秘密」めるくまーる/1999.6.20発行/P95-112)

 男性原理と女性原理というのは、きわめて古典的なものなのだけれど、どうしてもそれを現実の男性や女性というふうに、誤解してしまうところがいまだにあるように思う。男性原理と女性原理は、肉体上の男女のことではなく、「それぞれの内に両極が含まれて」いると考えなければならない。「あなたが男であるか女であるかは関係ない。」

 そこらへんを誤解してしまうと、たとえばぼくが自分を男でも女でもない、とかいうと、驚いたことに、性転換をした人かもしれない・・・とか思ったりもするらしい(^^;)。性転換などを肉体上でする人は、むしろ肉体そのものの性にこだわって、内なる男性原理と女性原理について混乱してしまっているところが多分にあるのではないかと思う(もちろん、それは個人の趣味なのだけれど(^^;))。

 もちろん、ここで和尚がアニムス、アニマといっていることはそのままユングが示唆したそれと同一視してしまうと混乱してしまうが、ある程度ユングのいうことはふまえておいたほうがいいかもしれないが、ここではあまりに煩雑になるので、あえてふれない。

 「神秘学遊戯団」のHPでもその「ユング思想の真髄」をガイドに「ユングノート」とかを書いたことがあるが、最近、ユング研究者の林道義による「父性の復権」やら「母性の復権」やらがでていて、誤解を増やしているところが多分にあるのは、この林道義のいう「父性」やら「母性」やらも、基本になっている「あなたが男であるか女であるかは関係ない」というところに錯誤があるのではないかと思っている。なぜそんな稚拙なことになってしまったのか、理解に苦しむところがある。

 さて、先日、広島県の比婆山に行き、熊野神社などに出かけた。比婆山は、古事記に「故神避(かれかみさ)りましし伊耶那美命は、出雲国と伯伎国との境、比婆の山に葬しまつりき」と記されていて、熊野神社は非常に古い神社で、伊耶那美命が主祭神になっている。

 伊耶那岐命と伊耶那美命による国生みの話は有名で、伊耶那美命が先に誘いの言葉をかけると水蛭子という未熟児が生まれ、それはよくなかったので、今度は伊耶那岐命が先に誘ってできてのが、淡路島、四国、隠岐、九州、壱岐、対馬、佐渡、大倭豊秋津嶋(本州)、という大八嶋国であるという。

 このことも、現実の男女をイメージするのではなく、創造に関する男性原理と女性原理の関係というふうにとらえなければ非常に稚拙な解釈となってしまうだろう。

 このこととそのまま重ね合わせることはできないだろうが、古代の霊性から一度切り離されなければならないというのも、「内なるアニマをアニムスに従属させなければならない」ということにつながるところでもあるように思う。でなければ、古代においては創造であったものが、そのままの仕方ではむしろ破壊になってしまいかねないからだ。ミカエルが龍を退治しなければならないというのもそういうこと。

 少年が母をバットで殴り殺した事件があったが、グレートマザー的な母の力から脱するという意味を、現実の母と誤解してしまったところに、その錯誤があったのではないかと思う。少年は、みずからの内なるグレートマザーと闘わなければならなかったのだ。もちろん、内なる父とも闘わなければならないだろうが、その前に、まずは特に現代の日本のような環境においては、内なる母の力からいかに脱するかということは、非常に重要な課題になっているように思う。 

 上記の引用は和尚(通称は、バグワンだろうか)のユングも重要視していた道教文献「黄金の華の秘密」に関するもの。和尚のつくってしまったコミューンやらサンニャーシンやらは好きではないが、その残した講話集は、どれもすぐれもので、参考にすべきところがたくさんある。ちょうど比婆山にでかけ、伊耶那美命のことを考える機会があり、今回久しぶりに目に留まった「黄金の華の秘密」についての内容とシンクロするところもあったので、あえて今更強調するほどの内容でもないとも思ったのだけれど、少し涼しくなったというのもあったので、メモ程度に覚え書きでも書いてみることにした次第である。

 

 

風のトポスノート237


2000.9.5

 

「何故、山に登る?」

羽生が、また訊いてきた。

「わからない……」

深町は、静かに首を左右に振った。

「あのマロリーは、そこに山があるからだと、そう言ったらしいけどね」

「違うね」

羽生は言った。

「違う?」

「違うさ、少なくとも、おれは違うよ」

「どう違う」

「そこに山があるからじゃない。ここに、おれがいるからだ。

ここにおれがいるから、山にのぼるんだよ」

「ーーー」

(夢枕獏「神々の山嶺」(下)集英社文庫/2000.8.25発行/P236)

 ぼくにとっての「山」とはいったい何だろう。

 その「山」が何であれ、「ここにおれがいるから」、その「山」はある。「ここにおれが」いないとしたら、その「山」はない。

 生まれ生まれ生まれ生まれて、その「山」はあり、死に死に死に死んで、その「山」はある。

 なぜ生まれてくるのだろう。そして、なぜ死に往くのだろう。そこに「山」があるからだと人は言い、「ここにおれがいるからだ」と絶句する。

 自我は円である。その円をつくるために、人は生まれる。そしてそのプロセスであり目的である「山」を求めることで、「円」が描かれてゆく。

 「円」は円であるが、螺旋となる。螺旋となるために「山」がある。だが、螺旋であるが、円である。

 なぜ、宇宙がある?

「ここに、おれがいるからだ。」

「ここにおれがいるから」、宇宙があるんだよ。

 

 

 

風のトポスノート238

カインとアベル


2000.9.5

 

…神様は

なんで

カインからの供物だけ

受け取らなかったん

だろうな

 

知ってるだろ?

聖書に出てくる

双子の兄弟の物語

創世記第4章

人類最初の

殺人者カインーー

弟アベルに嫉妬し

殺した罪深い兄

 

なぜ嫉妬したのか?

 

神がアベルの供物だけ

受け取って

カインの供物を受け

取らなかったからだ

 

なぜだ?

なぜ神はアベルの

供物だけ受け取って

カインの供物は

拒否したんだ?

 

答えはどこにもない

おれはその答えが

知りたい!

 

(吉田秋生「YASHA夜叉8」P57-58)

 カインとアベルの話は、どこかスサノオが大宜都比売(オオゲツヒメ)を殺した話を思い出させる。その死体からはさまざまな穀物が生えてくる。

 狩猟によって自然からの恵みをそのまま受け取る行為と栽培などの人為的な方法を用いる行為。その違いは何だろうか。前者の供物は受け取られ、後者の供物は受け取られない。

 騎馬民族は栽培を行なわない。大地を耕すことは、大地を傷つけることになるのだともいう。

 カインが弟アベルを嫉妬して殺す。神に受け入れられた者と受け入れられない者。

 ひょっとしたら、カインは弟を殺したのではなく、神を殺したのかもしれない。神を殺すことでしか手にれることのできないものがあるからだ。もちろん、神を殺すというのは象徴的な表現で、神的な繋がりを切るということにほかならない。神が供物を受け取らないというよりも、むしろ、神から来るものを受け入れないということ。

 それは、シャーマニズムの拒否でもある。一度は神的なものと切り離されなければ、おそらくは人間に「自由」の可能性はなかったのだともいえる。ある意味では、自由は罪の子なのかもしれない。罪をおかさなければ手に入れることのできない宝物。父を殺し、母を殺し、弟を殺さなければ手に入れることのできないもの。

 殺すことでその殺された大地から恵みを得る、という逆説を生きる者、カイン。神は供物を拒否することで、神への繋がりを切り、そこに自由への可能性の種を蒔いたのかもしれない。自由にはあらゆる困難が伴うことを前提としながら・・・。

 

 

 

風のトポスノート239

伝統的な身体文化


2000.9.13

 

 日本人の、特に農民の伝統的な歩き方は、ひざは曲がったままで足の親指に力をかけて移動するやり方である。腕はあまり振らず腕の反動作用は利用されない。その代わりに土をつま先で蹴って推進力を出す。西洋式の近代軍隊や近代学校の体育は、膝を伸ばして右手と左足、左手と右足がセットになるように指導された。しかし、日本人の伝統的な歩き方は、むしろ右足が前に出るときは右手が前に出るという半身の姿勢を基本としたものであった。(…)

 剣道や相撲などの動きや能などの伝統演芸の動きの中にも、この身のこなし方は基本として生かされている。こうした動きを可能にしていたのは、下半身の強靱さである。こうした身のこなしは、小さいころからの歩行と訓練を通して身につけられてきた。

(斎藤孝「身体感覚を取り戻す」NHKブックス893/P46-49)

 ぼくが靴下をはくと、たぶんほかの人よりはずっとはやく親指などに穴があく(^^;。おそらくそれは、ぼくが足の指で大地をつかむように歩いているからではないかと思われる。

 必ずしも、伝統的な歩き方ではないと思うのだが、小学校の体育などの軍隊式な歩き方とも違っているように思う。あの軍隊的な歩き方にずっと抵抗があるのも、考え方云々以前に、自分の歩き方との違いもかなり影響していたのではないだろうか。

 中学と高校の頃、少しだけ剣道をやったことがあるのだが、そのときの足の運びというのは、とても気持ちいいものだった。息の使い方や素振りの感じ、正座などどれをとってもぼくにはなぜかしっくりとなじむものだった。上下関係や戦うことに抵抗があってあまり続かなかったのだけれど(^^;。

 いわゆるスポーツ的な動きには違和感があり、テレビなどで野球をみてもなんだか好きにはなれなかったのだけれど、相撲にはなぜか物心ついたころから惹かれるものを感じていた。四股を踏む力士といっしょに、テレビの前で「よいしょ!」といっていた。ぼくがはじめて文字を覚えたのも、実は、力士の漢字だったようである。あの番付表にある力士の名前をほとんど読むことができた。大鵬と柏戸の時代である。

 ぼくは根性はまるでないのだけれど(^^;、そうした身体性を持っているからなのか、山などを登るときなども、腰が安定して、けっこう早く歩ける。もちろん、足の指で大地をつかむように歩く。同世代の人たちはわりとぎっくり腰などになっている人が多いが、そういうのとも無縁である。なにかをもつときにも、腰が比較的安定しているのだが、ある種のコツが染みついているのかもしれない。

 けれど、反面、スポーツになると、どうもちぐはぐになってしまう。反射神経のテストなどをするとかなりいい結果になるのだけれど、通常の「体育」で評価されるような動きはどうも苦手である。あの動きに適した身体様式とぼくのそれにズレがあったのだろうということが今になって考えてみるとよくわかる。

 ぼくの子供時代でも、同級生などとかなり異なっていたようだから、おそらく、今の子どもたちとぼくの身体性は、かなり異なっているのだろうということは、そうしたことだけを考えてもよくわかる気がする。そういう点でも、自分のなかにおそらくなんらかのかたちで継承されているであろう身体性について、もっと意識的に見てみたいと思う。

 

 

 

風のトポスノート240

バウハウスとクレーなど


2000.9.13

 

クレーは、バウハウスに着任した1921年から「造形的形態論」の授業を行い、翌年には色彩論にまでその範囲を広げた。彼の授業を特徴づける中心概念の一つに「分節」がある。カール・ツィールシェックによるグラデーションの習作は色彩の、ヨースト・シュミットによると思われるスケッチは形態の、分節の試みを示すものである。注目されるのは、色彩においても、形態においても、分節が可能なものと、分節が困難または不可能なものとが、関係づけられている点だ。ツィールシェックでは、色彩円の円周と並んで直径が、シュミット(?)では、規則的なスケールと並んで人体という有機的プロポーションが、それぞれ対比的に提示されている。このように、「可能なもの」と「不可能なもの」との間を調停しようとする傾向が、クレーの理論的探究に、彼一流の寓意性を与えることになる。

 実際、残された膨大な講義手稿や、バウハウス叢書として出版された『教育スケッチブック』などには、比喩的な言葉づかいが数多く見られる。例えば、cat.no.27の習作にもみられる矢印について、クレーは次のようにコメントしている。

「矢印の父親となった思想:どうやって私は自分の領域を彼方へと拡げよう?この川、この湖、あの山を越えて!

 人間の理念的能力は、地上的なものと超地上的なものとの間を思うがままに踏破する。だがそれとは逆に、彼の肉体は無力だ。人間の悲劇の根源がここにある。力と無力との矛盾に人間存在は分裂する。半ば翼を与えられた者、半ば囚われた者が、人間なのだ」

(バウハウス展ーガラスのユートピア・カタログ P42 「パウル・クレーの授業」より)

 この9月7日から10月22日まで、広島県立美術館で「バウハウス展」を開催していたので、仕事場から歩いて少しでもあるので、昼休みを利用して出かけてきた。バウハウスについては、シュタイナーの同時代における展開ということもあり、また、クレーやカンディンスキーとも深く関わっているだけに、以前から興味があったのだが、まとまったかたちで見てみる機会がこれまでなかったのでいい機会だった。

 参考までに、チラシからバウハウスについての解説をご紹介しておきたい。 

 バウハウスは1919年にドイツのワイマールに開校した国立の総合美術学校です。初代校長のグロピウスは、中世の大聖堂がそうであったように、絵画や彫刻は最終的には建築のもとに統合されるべきだという理念を掲げました。

 このバウハウスに、日本をはじめ世界中から若者たちが希望に胸を膨らませながらやって来ました。彼らは独創的な教育プログラムのもと、クレーやカンディンスキーなどの優れた教授(マイスター)たちの授業を体験します。そしてバウハウスは、建築、家具、テキスタイル(染織)、舞台美術、印刷、タイプグラフィーなど、モダンデザインの領域に革命を起こし、その原型を創り上げました。(…)

 バウハウスは両大戦間の激動の歴史に翻弄され追い込まれました。しかし、この時代のデザインの分野で最も大きな成果の一つとされるバウハウスの作品は、今もなおその輝きを失っていません。バウハウスは確かに存在し、それは永遠のユートピアであったのです。

 さて、バウハウスについては、またの機会にとりあげてみることにして、ここでは、クレーの「可能なもの」と「不可能なもの」との間の調停について。寓意的な表現というのは、作品につけられた表題なども含め、きわめてクレー特有のもので、とても興味深いものが多い。

 形態や色彩などの分節が「可能なもの」と「不可能なもの」からはじまった「調停」が、やがては、まさに「可能なもの」と「不可能なもの」をともに備え、しかも、もはや「調停」の不可能性のなかにある矛盾した存在である人間そのものとしてとらえられているように見える。

 まず、地上的なものと超地上的なものとの間を調停する、というか、その間を自由に行き来できる理念的能力。それによって、人間は「可能なもの」と「不可能なもの」の「調停」に向かうことができる、少なくともそれを試みることができるのだが、同時に人間は、この地上において肉体という無力のなかに囚われている。人間の理念的能力と人間の肉体、力と無力、翼を与えられた者と半ば囚われた者。

 彼方へ、しかしながら此方で。

 クレーの墓碑銘にこうある。 

この世では永遠に把えられるすべもない私

なぜならば私の棲家は未だ生まれ出ざるもののもとに

そしてまたまさしく死者のもとにあるのだ

俗人よりも創造の息吹に近く

しかもなお私の心は安らぐことなく 創造の坩堝そのものに近

かれと乞い願う

(「クレーの日記」新潮社/P449)

 人間という矛盾そのものである存在として、その自覚において、クレーは表現し続けた。

 さて、人智学(精神科学)はどうだろう。それはその矛盾に大きな橋を架ける者でなければならないだろう。人間は、地上に囚われているのではない。地上においてこそ、地上を通じてこそ「自由」なる存在へと展開することができるのである。無力のように思えても決して無力ではない可能性として。キリスト論のひとつのキーもそこにあるように思う。

 


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