風のメモワール44

潜水服は蝶の夢を見る


2008.2.20

coyote No.25の記事で、
映画「潜水服は蝶の夢を見る」を知る。
原作は、フランス版ELLEの元編集長
ジャン=ドミニック・ボービーの同名の作品。
(原題は「潜水服と蝶々」/講談社から発売)

ジャン=ドミニックはある日突然、
脳の神経回路が壊れ全身麻痺になり、
「ロックトイン・シンドローム」という
自分自身の中に閉じこめられたような状態に陥る。
思考回路は正常なまま、身体の自由だけが失われた。
唯一動かせるのは左目のまばたきだけ。
その左目を使って書き上げたのがこの作品。
そして本が発売された2日後に、ジャン=ドミニックは死ぬ。

その本に記されている最後の言葉。

   僕はとまどい、考え込む。この宇宙のどこかに、僕の
  潜水服を開ける鍵は、あるのだろうか? 終点のない地
  下鉄線路は、あるのだろうか? 僕の自由を買い戻すこ
  とのできる通貨は、あるのだろうか? いや、とにかく、
  違うところを探してみなくてはならないのだ。
   ならば、僕は行こう。そこへ。

仏教では、人間の持つ六つの器官である六根(眼耳鼻舌身意)、
その対象である六境(色声香味触法)、
そしてその認識である六識(眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識)で
世界は「十八界」として現われるという。
(シュタイナーは感覚を十二感覚としているが、
とりあえずここでは、通常の五感に「意」を加えた6つとしている)

ジャン=ドミニックは、意識は正常なまま、
ほとんど感覚器官が麻痺した状態で
唯一の意思表示のできる左目だけを使って本を書く。
世界はそこに開かれているのだが、
そこに働きかける手段はまるで潜水服を着て
深海にもぐっているような状態である。

ジャン=ドミニックは、
順に一文字ずつ読み上げてもらった
ESA版のアルファベット(使用頻度順に並べられたアルファベット)の
表わしたい文字のところにきたら左目でまばたきをする。
その文字を拾い、編集者クロード・マンディビルが
一緒に本を書き上げる。

では、ぼくはどうなのだろうと自問してみる。
たしかに身体は不自由ではないし、こうしてキーを打てる。
しかして、意識は自由だろうかと考える。
むずかしい問いだ。

ふつうの意味では身体は自由だが、
ぼくの18の「窓」は、
無明の潜水服を着たまま、なにを夢みているのだろう。
ぼくが開いていると思っている、思い込んでいる通路には
いったい何が流れているのだろうと考える。
そして、パソコンがこわれるように
「窓」が閉ざされたとき、ぼくの本来は、
たしかに自由でいられるだろうか。