風のメモワール124

神の雫/感覚の神秘


2009.2.17

テレビ番組のほうは、いまひとつぱっとしないけれど、
原作の漫画、亜樹直×オキモト・シュウ『神の雫』(現在19巻)を
先日面白く読んで夜更かしをしてしまったりした。
(やはり、漫画は一気読みにかぎる・・・とか(*^^)v

ワインの蘊蓄のほうは、ぼくにとっては
それほど興味をひかれるほどでないのはもちろんだけれど、
興味をひかれたのは、ワインの香りや味から、
映像や物語が引き出されてくるところのほうだ。

嗅覚や味覚に限らず、感覚というのはとても不思議で、
シュタイナーのように十二感覚ということになると、
通常の感覚の世界を超えたところまで射程に入ってくるし、
それぞれの感覚は独立してはいるけれど、どこかで通底していて、
いわゆる共通感覚的な部分というのも確かにあったりする。

前に、田中聡『匠の技/五感の世界を訊く』(徳間文庫/2006.3)を
読んだときにも、通常私たちが感覚としてとらえている以上に、
感覚というのはある種の職人芸で極めることができるんだ!と
深く納得した覚えがある。
もちろん、だれでも鍛えれば深められるとはかぎらないけれど、
それぞれの感覚のセンサーをそれなりに磨くことは可能なはずで、
シュタイナーのいうように熱感覚というのが霊的な感覚であるように、
感覚はこの物質的な次元だけではなく、エーテル的、アストラル的、
さらにもっと高次の次元にまで広がったものとしてとらえることができる。
まさに「いかにしてより高次の世界の感覚を得るか」である。

『神の雫』はワインの世界だが、
田中聡『匠の技』のなかには、
「水の言葉を『利く』」という「レッスン」があって、
水の来歴を嗅ぎわけるすごい話などもある。
この水の話を知ると、ワインの香りや味から、
特定のワインを導き出すというのもありだと思えてしまう。

少し長めになるけれど、面白いので
その水を嗅ぎわけるという前田學さんについての話をメモ。

  前田さんの嗅覚の凄さは、小島さん((株)日水コンの中央研究所所長の
 小島貞男さん)の著書『おいしい水の探究』(NHKブックス)に紹介されて
 いる二つのエピソードに知られる。
  一つは、地下鉄工事現場で湧き出した水について、化学的な分析では地下
 水なのか水道の漏水なのかさえ判定できなかったのに、前田さんが嗅ぐや
 「これは朝霞浄水場の水です」と見抜いてしまったこと。
  そこは朝霞浄水場の給水区域ではなかったので妙に思われたが、調査の結
 果そこから三十メートル離れたところに他区域へ行く朝霞系の本管が走って
 いることがわかり、掘ってみたらひびが入っていたという。三十メートルも
 地中を浸透してきた水がどこの浄水場からの水か、匂いだけでわかったので
 ある。
  もう一つは、東京・千葉・埼玉の水道水に「玉ネギの腐ったような」臭気
 が混じるという事件があったとき、その臭気の源をつきとめたことだ。
  その臭気が利根川から来たものであることはすぐわかったものの、発臭物
 質はまもなく流れ去ってしまい、原因は迷宮入りかと思われた。だが、前田
 さんは利根川にその臭気がわずかに残っているのを嗅ぎわけ、上流へと遡っ
 てゆくことができたのである。支流や排水溝の水をすべて嗅ぎながら、何日
 もかけて遡っていくと、ついにある支流沿いの化学工場の排水に辿りついた。
 汚染物質は甘味料のチクロの原料で、チクロ製造が禁止された直後のことだ
 ったという。
  ところがこの排水を半年がかりで化学的に分析しても、その物質を検出す
 ることはできなかった。
  そこでこの物質に対する前田さんの鼻の感度を調べてみたら、なんと百億
 分の一の濃度、つまり「利根川にコップ一杯の排水を捨てたくらいの濃度」
 までわかったという。
  まさに「超人」である。
  まず、この「超人」を見出した小島さんに話をうかがった。
 「先日ベルギー大使館から、この水はどうだろうって相談を受けたんです。
 黙って彼に飲ませたら、これは岩の下に長い時間あった水で、枯草の間を通
 ってきた水だろうって言うんで、それを大使館に伝えたら、その通りですっ
 て驚いてました」
  ーーそんなことまでわかるんですか。
 「ええ。たとえば。石灰岩層地域の山間部での湧水と思われるが、地上に近
 いところで別の水系の水と混じっている、つまり深いところから来た湧水で
 はない、ですとか、我々にはとてもわからないことがわかるんです。
  わからないといえば、彼の使う匂いの表現も我々にはよくわからないです
 よ。<緑色感>とか<靄の潤いがある>とか。共通言語じゃないから困るん
 です。我々にはない感覚ですから仕方ないんですけど」
 (P.41-43)