風のメモワール120

志村ふくみ/シュタイナー/理念という一本の杖


2009.2.6

志村ふくみさんの久々の新刊エッセイ集『白夜に紡ぐ』(人文書院)。
いちばん最後に、「宇宙のはじまりーー香り高き霊学」という
シュタイナーについての文章が置かれていて、
思わず目頭が熱くなってしまった。

志村ふくみさんの二本の「心の柱」になっているのは、
シュタイナーとドストエフスキーだという。
そして、ここ数年ドストエフスキーにのめりこんでいる熱い衝動は
シュタイナーによることが大きいことに思い至ったという。

ぼくは、日々生きていくので手一杯で
ほかのこれといったことのできない無能なひとだけれど、
シュタイナーにふれてから、
自分でも不思議な衝動としか思えないように、
ちょうどその頃はじまっていたパソコン通信を通じて
シュタイナーのことを、その熱く語りかけている精神科学の内容を
知ってほしいと思い、会議室を開き、さらにインターネットで
こうしてほそぼそとその場所を設け、小さな声で語っていたりもする。
もし、シュタイナーという存在がなかったら、
こうした衝動など持ち得なかっただろうと思っている。

少しだけ、志村ふくみさんの、シュタイナーについての文章から。

  もう一度シュタイナーの自伝を久しぶりに読む。晩年、渾身の
 力をこめて建設したゲーテアヌムを焼かれ、離反し、誹謗する人
 々の中で苦しみつつ、最期まで何千回と講演をつづけ、「愛する
 みなさん」と何万回となく呼び続け、ベッドによくたわりながら
 も苦しむ人々の話を聞いたことなど、時代にさきがけて霊学とい
 う新しい学問をうちたて、異端として世間から批難、妨害をうけ、
 心の安らぐことのなかった彼の生涯を胸に刻む。
  どんな讃仰もいたわりも届かないくらい遙かな存在であり、何
 者をも寄せつけないほどの強靱な偉大な人であると思いこみ、た
 しかにそうなのだが、ひたすら学ぶことしか考えなかったのに、
 今、年月を経て考えも少しずつ変わってきた私は、「私の考えを
 一つの手だてとして生きてください」と痛切に訴える言葉に何ど
 も何ども深くうなずいて、はじめて出会い、気づいたような親近
 感で胸が迫った。年を経るにつれ身近につよく響いてくる。
  あまりにも膨大で、得体の知れないほど神秘と叡智のぎっちり
 つまっている人智学を、その小指ほどが見えてきた時、漠然とし
 た宇宙の法則の中にまず緑というポイントが浮かび上がって来た
 のはゲーテのおかげであるが、その先にシュタイナーがいて、重
 なり合い、私ははじめて理念という核に出会ったような気がする。
 それが宇宙のさまざまの謎を解く鍵のような気がするのだ。
 (・・・)
  ゲーテは、理念は常に現象の中にあらわれる、という。しかも
 理念と現象が一致する段階とは、最も高度な段階と最も世俗的な
 段階においてあらわれる、とーー人間は真剣に生き、人を愛し、
 傷つけても、その時自分の精一杯の真実であると思った時、何か
 強く心に打ち込まれるものがある、どんなに落ち込んでも心の奥
 底にこれだという揺るぎないものがある、それをこそ生きる理念
 といっているのではないか。本当に傷つき、絶望に落ち入った時、
 どこからか手をさしのべてくれるもの、それは甘い言葉ではなく
 理念という一本の杖ではないだろうか。
  シュタイナーはこうしたゲーテの思想の中から大きな恩恵を受
 け、終生変わることなくこの道を歩んでいったのだと思う。しか
 し、ゲーテが筆をおき、頭を垂れて祈ったところから、シュタイ
 ナーは全く孤独の苦難多い旅に出たのではないだろうか。
 (「宇宙のはじまりーー香り高き霊学」
   志村ふくみ『白夜に紡ぐ』人文書院/2009.2.10発行 より
   P.223-224,P.225-226) 

「生きる理念」という「揺るぎない」「一本の杖」。
まさに、それだ!と思う。
逆にえば、その「理念」なくしては、
歩くことはできないだろうし、
自分の後ろにできるのも「道」にはなりえないと思う。

志村ふくみさんは、二十年ほどまえ、
高橋巌さんのシュタイナーについての講義を毎月受けていたそうである。
そして、その講義に遠ざかって十年近くたったいまも、
「ただの一回もあの講義に失望したり、退屈したことはなく、
あの最初の胸の高鳴りはずっと鳴り止まないでいる」そうである。

ぼくは、高橋巌さんの講義を聴くことができたのは一度だけだけれど、
今でもあの土星紀や木星紀を説明するシュタイナーの講義の内容や
それに関して語られるさまざまな話を鮮明に覚えていたりする。
そして、はじめてシュタイナーを読み始めたとき以来、
シュタイナーの言葉に胸を高鳴らさないときはない。
何度読み返してもそこには、
「私の考えを一つの手だてとして生きてください」
というシュタイナーの思いがあるように強く感じる。
そして、ほんとうに、躍り上がって喜びたいようにもなるときがある。

「宇宙のはじまりーー香り高き霊学」。
ほんとうに、シュタイナーの「霊学」は
香り高く、かつ誇り高く、そして精一杯の真実だと強く感じる。