風のメモワール105

ヴァイキング


2008.11.28

先月yuccaの訳した『内的霊的衝動の写しとしての美術史』第12講以来、
ヴァイキングのことが気になっている。
さっそくヴァイキングについて基本的なことを知りたいと思ったが、
日本語で読めるものはそんなにないようである。
いちばん手軽に読めるのは、
イヴ・コア『ヴァイキング/海の王とその神話』(創元社/知の発見双書)
あたりだろうか。
古書店で見つけた昭和43年に出ている中公新書
荒正人『ヴァイキング/世界を変えた海の戦士』とかも
今では絶版で、図書館か古書店でしか見つけることができない。

ヴァイキングの神話、「エッダ」「サガ」についても、
谷口幸男さんの著書や訳書が主なものである。
上記のイヴ・コアの著書の監修をしているのも谷口幸男さんである。
この谷口幸男さんは、yuccaが大学院で教わったことのある方で、
本棚には、谷口幸男さんの著書『エッダとサガ/北欧古典への案内』(新潮選書)や
訳書『エッダー古代北欧歌謡集』(新潮社)があったりするが、
ぼくがちゃんと読み始めたのは今回の『美術史』がきっかけなので、
若い頃にちゃんと勉強しておけばと思ったのは後の祭り。
とはいえ、こうして年を経て興味を持てたことに感謝すべきだろう。

さて、ちょうど芸術新潮12月号で
「ノルウェーの森へ/中世の美とオーロラの旅」という特集が組まれている。
ヴァイキング船やヴァイキングの子孫の建てた木の教会など、
美しい写真で紹介されていてどきどきしながら読んでいる。
ノルウェーのことについても、ようやくある程度の理解を得ることができそうだ。
ノルウェーについては、そういえば、少し前に、
佐伯一麦の『ノルゲ』を読んだときに、
自分がノルウェーのことを、というか
北欧一般についていかに知らないかということを実感したばかりだった。
ノルウェーではないが、フィンランドのヘルシンキが舞台の
映画『かもめ食堂』を観たのも今年になってからだった。
こういうことが重なってくるということは
やはり北欧についてもっと知る必要があるというサインに違いない、
といふうに思うことにしている。

・・・ということで、北欧についてのシュタイナーの示唆とえば、
やはり『民族魂の使命』(イザラ書房)ということになる。
ああ、忙しい。
けど読み直さねば・・・。
そこでちょい興味深いところから引用紹介。

  ヨーロッパにおいて、いかにヨーロッパの精神生活全体が共同し、
  はるかな過去から未来にいたるまで、さまざまな民族霊の活動に
  よって人類の進化が引き起こされているかを、わたしたちは見な
  ければなりません。個々の民族、個々の小さな民族にいたるまで、
  この大きな全体像のなかで特別の課題を持っています。いままで
  の話から、キリスト教文化以前もキリスト教以降も、人間存在の
  さまざまな段階をとおして自我を教育、育成、発展させていくの
  がヨーロッパの課題、使命であることがおわかりになったと思い
  ます。ゲルマンー北欧民族に示されたように、この自我は太古の
  時代にはまだ霊的な世界から霊視的に人間に示されました。この
  自我は、人間と民族魂のあいだに立つ天使存在であるトールから
  与えられた、とお話しました。個々の人間は、まだ自我を持たな
  い、非個人的な存在として現れたことを、わたしたちは知りまし
  た。当時の人間は自我を、霊的な世界から贈られたものだと思っ
  ていました。
  東方では、このような方法で目覚めた自我が見いだされはしませ
  んでした。東方では、人間はすでに主観的に人間的完成の高次の
  段階へと進化しており、自我は見知らぬものではなく、自分自身
  のものと感じられていました。東洋の人間が自我に目覚めたとき、
  東洋文化はすでに高度に洗練されており、わたしたちが東洋の叡
  智として知っている、緻密な思弁、論理がしだいに発展していき
  ました。そのために、トールのような神的ー霊的な個体の助けを
  借りて、高次の霊的な世界から自我を受け取るプロセス全体を、
  東洋はもはや体験しなかったのです。ヨーロッパはそのプロセス
  を体験しました。ですから、ヨーロッパは個的な自我の上昇を、
  群の魂からの脱出のように感じました。ゲルマンー北欧の人々は
  まだ群の魂から離れておらず、自分を種族に共属する者の一員と
  感じていました。
  (第10章「過去・現在・未来における民族の使命」P.190-191)

この引用部分からもわかるように、
人間はその地域や民族などによって
さまざまな魂の進化プロセスをたどり、
一様に理解することはできない。
ヴァイキングにはヴァイキングなりの進化と課題と使命があり、
日本人にはまた同様のものがあるのだろうと思うのだが、
それが現代においては、さまざまなかたちで交錯しながら、
混乱としか見えないようなさまざまな事象なども見られる。
そうしたなか、やはり現代を生きている私たちに必要なのは、
そうした魂の、自我の進化プロセスの違いを理解すること、
そしてその比較のなかで、
自分の課題を発見していくということなのだろうと思う。
そのためにも、こうしてヴァイキングについて知ることも
たいへん意義深いことなのではないかと思っている。

そのような魂の傾向と自我の進化プロセスがあり、
私の魂の傾向と自我の進化プロセスがある。
そこから自分の今とこれからを
見定めていくこともできるのではないだろうか。