小林秀雄メモ

その3 「脳と精神」 (2007.7.25)

   ベルグソンのたとへで言ひますと、脳は精神というオーケストラ
  を指揮している指揮棒だが、指揮棒は見えるが音は決して聞こえな
  いといふ風になつている。僕等の脳髄はパントマイムの器官なので
  す。パントマイムの舞台で、俳優がいろいろな仕草をするのを、僕
  等は見ることができる。脳髄の運動はさういふ仕草をしている。け
  れども台詞は決して聞こえない。この台詞が記憶なのです。精神な
  のです。だから脳髄は精神の機能ではない。脳髄は、人間の精神を
  この現実の世界に向けさせる指揮をとる装置なのだ。だから彼は、
  人間の脳髄は現実生活に対する注意の器官であると言ふ。注意の器
  官だが、意識の器官ではないのです。意識を、この現実の生活につ
  なぎとめる作用をしてゐるのです。
  (・・・)
   人間が死ねば魂もなくなると考へる、そのたつた一つの根拠は、
  肉体が滅びるといふ事実にしかない。それなら、これは充分な根拠
  にはならない筈でせう。
   私がかうして話してゐるのは、極く普通な意味で理性的に話して
  いるのですし、ベルグソンにしても、理性を傾けて説いてゐるので
  す。けれども、これは科学的理性ではない。僕等の持つて生まれた
  理性です。科学は、この持つて生まれた理性といふものに加工をほ
  どこし、科学的方法とする。計量できる能力と、間違ひなく働く智
  慧とは違ひませう。学問の種類は数多い。近代科学だけが学問では
  ない。その狭隘な方法だけでは、どうにもならぬ学問もある。
  (小林秀雄「信ずることと知ること」
   『感想』(新潮社/昭和54年発行)所収

小林秀雄の「信ずることと考えること」と題された、面白い講演がある。
(昭和49年8月5日のもので、CD/テープが新潮社から発売されている)
この講演は、まずユリ・ゲラーの話からはじまっているが、
学生の頃から、念力のような超自然的な現象を頭ごなしに否定する考えはもたず、
むしろ「事実を事実として受け取る」姿勢を持っていたという。
書籍になっているものには省かれているが、講演のなかでは、
小林秀雄が試したときにも、スプーンが曲がったということだ。
もちろん、それを過剰に驚くのでもただ面白がるのでもなく、
「事実を事実として受け取る」姿勢をとったということらしい。
むしろそれをただ理解できないとかただ嘲笑してしまう知識人の態度は
「根底的な反省を欠いてゐる」というのである。

茂木健一郎の『脳と仮想』には、
この小林秀雄の講演からの話がずいぶんたくさんでてくる。
(そのせいか、なぜか「小林秀雄賞」を受賞しているが、皮肉なことである)
茂木健一郎の「クオリア」という考え方は、
これまでの脳科学からすればずいぶん踏み込んだもので、
その内容も興味深いものが多いが、
茂木健一郎の基本的な考えは、
魂は「前頭葉を中心とする神経細胞のネットワークに伴って生み出されている」
ということを前提にしている。
「脳内現象に過ぎない私たちの意識」とさえいうのである。
その点でいえば、茂木健一郎は、小林秀雄から深い示唆を受けながら、
むしろ小林秀雄の批判する「狭隘な方法」そのものを学問としていることになる。
そうした小林秀雄の批判的な部分が『脳と仮想』ではまるでふれられず、
脳の「神経細胞のネットワークに伴って生み出されている」クオリアの視点を
示唆しているかのような述べられ方をしている。

自分が「科学者」である以上、
その「科学」の「方法」を超えたところにあるものは
とりあえずは考慮の外に置くということのようだが、
そういう点でいえば、上記の引用にあるように
茂木健一郎には「科学的理性」はあるが、
肝心の「理性」が欠如しているということになる。
茂木健一郎のさまざまな著作や対談等は
すべてを「脳内現象」としてとらえる視点さえなければ大変興味深いのだが、
なぜかその点にだけは、「脳科学者」としての「専門」に呪縛されているよう に見える。
そのくせ、クオリアという「仮想の問題を突きつめれば、人間の平等と魂の尊 厳に通じる」
とかいうことに論点が着地していたりもする。
少なくともぼくには、その話の脈絡が理解できない。

その点、生命科学者である柳澤桂子がDNAで「いのち」の大切さを説く、
という極めて分裂しているような在り方と似ているようにぼくには感じられる。
これは現代の「知性」のひとつの傾向であるといえるかもしれない。
自分がどこかで深刻に分裂状態であるということに気づいていないのである。

その点、小林秀雄の「批評」という姿勢は、「科学」への理解を踏まえながらも、
そうしたあまりにも素朴な「科学的理性」から自由であることができていたよ うに見える。
「信ずることと知ること」というテーマもそれに関連して考えてみるとその深 さが見えてくる。