『海馬』ノート5

脳細胞の増減


2002.7.2

 

        池谷 脳には意識するしないに関わらず、すごくたくさんの情報が入って
        きます。見ているものはたくさんありますね?聞こえている音とか座った
        イスの感触だとか、ありとあらゆる情報が脳に入ってきます。
         その情報は一度ぜんぶ海馬に送り込まれるんです。つまりいろいろな情
        報は海馬ではじめて統合されます。しかし、その情報のほとんどはそのま
        ま捨てられてしまいます。
         なぜかというと、情報が整理されないまま、脳が今受けている情報をす
        べて記憶してしまうとしたら、数分で容量いっぱいになってしまうからで
        す。人間はそのぐらいたくさんの情報にさらされています。(…)
         海馬ではじめて記憶が製造されるというのは、そういう意味です。(…)
         さらされている膨大な情報の中から、海馬は必要な情報だけを選び抜い
        ています。結局、残された情報のほうが少ない。海馬の役割は情報の「ふ
        るい」です。
        糸井 「海馬の神経細胞が増える」とはどういうことですか?
        池谷 脳の神経細胞は生まれた時の数がいちばん多くて、あとはどんどん
        減っていく一方だと言われています。一秒に一個ぐらいのものすごい猛ペ
        ースで減っていくというのが常識です。
         だけど実は、海馬では細胞が次々と生み出される。次々と死んでいくス
        ピードも速いのですが、どんどん生まれてもいるわけで……つまり、神経
        が入れ替わっている。
         つまり、生まれるスピードと死ぬスピードのバランスが重要で、生まれ
        るスピードのほうが速ければ、海馬は全体として膨らんでいきます。死ぬ
        スピードのほうが速くなれば、全体としてしぼんでいくわけです。
        糸井 それだと、海馬は使っていないとしぼむんですね。
        池谷 そうなんですよ。海馬は情報の仕分けという非常に大切な役割を担
        っていますから、海馬の神経細胞の数が多ければ多いほど、たくさんの情
        報を同時に処理できます。
         ということは、海馬が発達すれば、たくさんの情報を同時に残そうと判
        断できる、ということです。
        (池谷裕二・糸井重里『海馬/脳は疲れない』朝日出版社/P138-140)
 
脳細胞は減っていくばかりだと思っていたのだけれど、
海馬では細胞がどんどん生み出されていくという。
しかも、使えば使うほど生み出されていく。
逆に、使わなければ細胞は死んでいくばかり。
 
海馬は「情報の仕分け」という役割を担っているわけで、
その海馬の細胞が増えるか減るかというのは
その「仕分け」の能力に大きく関わってくる。
 
「仕分け」の能力が衰えてくると、
やはり情報処理ができなくなり、
要するに、わけがわからなくなる人になるが、
その能力が大きくなるとすれば、
情報処理能力も大きくなり、
いわば、幅広いマルチ・タスクが可能になってくるわけで、
おそらくそれに応じた総合的な判断力、直感力も
育っていくことになるのだろう。
 
これはまるで、自分で自分を育てていくことのできる
自己組織化能力のあるコンピューターのようだ。
ソフトのヴァージョンアップどころか、
ハードのヴァージョンアップさえ自分でこなしてしまうコンピューター。
 
逆に、自分で自分をスポイルしてくと、
ソフトはどんどん、いわばヴァージョン・ダウンし、
ハードもヴァージョン・ダウンしてゆく。
 
シュタイナーは、古代においては、
人間は歳とともに叡智を深めていったが、
現代においてはそれは自分でそうしなければ
どんどん衰えていくことになる、
という意味のことを語っているが、
それはこの「海馬」の細胞に似ている。
 
そしておそらくそのことは、
人間の「自由」に深く関わってくるように思う。
認識の限界を最初から設定しまうような「不自由」な在り方ではなく、
自分の現在の認識を超えていく可能性に向かって開かれている「自由」。
 


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