『海馬』ノート3

つながりを発見する範囲の拡大


2002.6.28

 

        池谷 ぼくは今三十一歳で、まだ経験してないから実感はないのですが、脳
        は三〇歳ぐらいから別の動きに入るようです。
         新しいものにすんなりなじめる人と、なじめなくてそれまでの脳の使い方
        に固執して芽が伸びないままの人との二極分化が起こるという。
         ……三〇歳を過ぎると、つながりを発見する能力が非常に伸びるんです。
        (…)つまR、前に学習したことを生かせる能力というか……。一見関係の
        ないものとのあいだに、以前自分が発見したものに近いつながりを感じる能
        力は、三〇歳を超えると飛躍的に伸びるのです。
        (…)
         研究の中で脳を直接見ていると、「二十代が終わるところまでの状態で、
        脳の編成はだいぶ落ち着いてくる」ということが、ほんとうによくわかりま
        す。
         それまでは、つくたったり壊したりのくりかえしで、脳は再編成されなが
        ら柔軟に動いていくんですけど、三〇歳を超えるとワインが熟成していくよ
        うな落ち着きが出てくる。……すでに構築したネットワークをどんどん密に
        していく時期に入る。
         ですから、推理力は大人のほうが断然すぐれています。若い時にはつなが
        りを発見できる範囲が狭いのですが、年を取っていくにつれてつながりを発
        見する範囲がすごく広がって、その範囲は三〇歳を超えたところで飛躍的に
        増える。
        「今まで一見違うと思われたものが、実は根底では、つながっている」
        ということに気づきはじめるのが、三〇歳を超えた時期だと言われています。
        (池谷裕二・糸井重里『海馬/脳は疲れない』朝日出版社/P50-51)
 
この「つながりを発見する」、
「今まで一見違うと思われたものが、実は根底では、つながっている」
というところを読んでどきっとした。
 
実は、この「神秘学遊戯団」でいわんとしている「神秘学」とはいったい何か、
ということについて、以前なんどか説明を試みたことがあるのだけれど、
そのときにいつも念頭にあったのが、
まさに「一見まったく関係がないと思っていたものの根底が実はつながっている」
ということを発見していくこと、だった。
 
「神秘学遊戯団」をはじめたのが、32歳頃のことだから、
まさに「三〇歳を超えた時期」にあたる。
実感としていえるのは、三〇歳まえには、
たしかに何かわかろうとしても、
何かが全体として浮かび上がってくるような思考に
乏しかったのではないかということがいえる。
それが次第に、なにかを考えようとするときに、
その焦点になっている部分と、まだ見えない全体との間が
漠然とではあるのだけれど浮かび上がってくる感じになってきたように思う。
もちろん、自分がそれまでに考えてきたことや感じてきたこと、
模索してきたことが前提になった上で、それがなんらかの観点がでたときに、
それらがある種、統合されていくような動きを見せるということ。
 
あくまでもぼく個人での以前と以後ではあるのだけれど、
それ以降、やっとぼくは、こういう稚拙な形ではあれ、
何かを書いてみることができるようになった。
そのことをぼくは「文章のお稽古」というふうに
自分では呼んでみたりもしていたが、
ある意味で、このお稽古というのは、
三〇歳以降の脳の働きの変化に対応した試みだったのかもしれない。
 
そして、その三〇歳の頃、ようやくシュタイナーの精神科学で出会えたというのも、
ぼくにとってはとても意味深いもののように思われる。
おそらく、それ以前、ではだめだったのだろう。
それまでは、小さな範囲で自足してしまうような安易な「つながりの発見」ではなく、
限りない試行錯誤が必要とされたということなのだろう。
そういうまるで放浪のような試行錯誤を繰り返してきたということがあって
はじめて、シュタイナーのあの広大な営為の一端なりに気づき、驚くことができた。
おそらくそうでなければ、シュタイナーを知っていても、
そのほんの一部分だけを見ようとしたに留まったのかもしれず、
ひょっとしたら最重要の「キリスト」についても、
その意味を見失うことになっていたかもしれない。
 
やはり、歳をとるのはいいことだ。
しかし、たしかに、三〇歳前後の時期で、
「二極分化が起こる」というのはよくわかる。
シュタイナーはかつての人間は、
歳を重ねていくことで叡智を身につけてきたけれど、
現代においてはほうっておくとただ歳をとるだけだ
ということをいっていたようだけれど、その一つが、
この三〇歳前後の時期の脳の働きの変化にも見られるのかもしれない。
 


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