「映像論」ノート2

現実との関係

2006.4.17

 つねに部分であるという映像の性質は、映像によって伝達・表現す るときの、
技法のすべてに色濃く影をおとします。
 デクパージュとモンタージュという、方向がある意味でまったく逆 の二つの作
業も、部分であるという性質のゆえに行なわれる、と言っていいでしょう。
 一方のモンタージュが世界共通語になっていますので、同じフラン ス語で対比
させたのですが、デクパージュは英語でカッティング。日本ではカッ ト割りとか、
コンテつまりコンティニュイティー作成など、いろいろな名で呼ばれ る作業です。
 要するに余計な枝葉を落とすのが目的で、現実を時間的、空間的に そぎ落とし、
部分がもつ特質をいっそうきわ立たせるために行なう作業のことです。
・・・
 これに対し、モンタージュのほうは石や煉瓦を積みあげる建築にた とえること
ができます。もとの動詞のmonterが組み立てる、デクパージュのほう のdecouper
が切り分ける、であることを考えますと、どっちも映像が部分である という性質
に深く関わった作業であることがわかります。
・・・
 エイゼンシュテインが狂信的に固執したのは、「再構成された現 実」でした。
 映像と現実の関係を考えるとき、モンタージュの思想、とりわけエ イゼンシュ
テインの考え方を避けては通れません。彼は偉大な理論家でした。そ して自らの
理論に基づく偉大な作家でした。その理論はいまだに示唆に富み、多 くの未知の
可能性を秘めています。
 しかし、その「再構成された現実」という手法の「科学的な」拠り どころには、
後生の目で徹底的な再検討を加える必要があるでしょう。
 なにより、伝えられるクレショフの実験というのは、もっと素直に 解釈すべき
結果を示しているだけのもの、だったのではないでしょうか。
 つまり「観客は全く関連のない二つの映像を見ると、そこに何らか の糸を見出
して結びつけようとする」ということです。まるでそれが本能のよう に、ひとは
連続をみようとする。
・・・
 旧ソ連出身の天才監督、アンドレイ・タルコフスキーは一九八六 年、死の直前
に先輩のモンタージュ至上主義者たちの目指したものを否定して、こ う言いました。
「モンタージュは、概念をつなぐものでは決してない。モンタージュ は、時間を
つなぐものなのだ」
 ショットを単語になぞらえ、それを結合したシークエンスを文と定 義するよう
な過ち、つまり安易に言葉に対比させる過ちから脱却するには、かな りの時間が
かかったのです。
(内田直哉『脳内イメージと映像』文春新書/P.39-58)

映画を発明したのは、「映画の父」といわれるリュミエール兄弟。
1894年のことで、1895年の「シオタ駅への列車の到着」は
カメラに向かってくる汽車の映像で、いわゆる「定点観測」だった。
映画が誕生した頃は、映像はそうした「固定視線の長まわし」であって、
その後、モンタージュ至上主義者が出てから、
その「現実」はさまざまに分解され、それが再構成されるようになった。

内田直哉がNHKで日本最初のテレビドキュメンタリーシリーズ
『日本の素顔』をつくりはじめた1956年当時、
カメラは手巻きゼンマイ式で全百フィート。
これを全部撮影すると3分撮影できる計算ではあるものの、
その動力であるゼンマイは最大15秒しかもたず、しかも大きな音が出る。
「長まわし」ができないということもあって、
映像はどうしても「部分」であることを余儀なくされていた。
モンタージュという手法もそうした技術的背景を抜きにして
考えることはできないようである。

モンタージュ至上主義者によって、
「分解」された「現実」現実が再構成される。
それは極論をいえば、恣意的な映像にせよ、それをつなげていけば
「現実」が編集・構成されていくということにもなる。
しかし、その構成された現実が成立する(ように見えるのは)
見る人がその分解された断片をその想像力で補いながら
「現実」を再構成しているということにほかならず、
映像がそのモンタージュという手法に安易に頼ってしまうならば、
また、映像を言葉に対比させて、ショットを組み合わせれば
文章になって意味が成立するというような発想になってしまうならば、
映像が映像であるための独自の価値を失ってしまいかねないところがある。

言葉のまねをしたモンタージュで失われてしまうのは、
「現実の時間的持続」「現実の多義性・あいまいさ」の二つだと内田直哉は述 べている。
逆にいえば、モンタージュによって失われがちなその二つを
映像表現可能にするための視点が求められているということもいえる。
それはひいていえば、映像が可能にする「現実」の表現とは何か
という問いかけにもつながってくる重要なテーマでもある。