風の音楽メモ2

岡田暁生『西洋音楽史』


2006.2.13.

■岡田暁生『西洋音楽史/「クラシック」の黄昏』
 (中公新書1816/2005.1.25.発行)

こんな音楽史の授業があったらぜひ受けたいものだ。
ここに書かれてある内容の講義にあわせて実際の音楽をきいていければ
西洋音楽の大河の流れのようなものが少しは見渡せるようになるかもしれない。

しかし、この本のようにひとりが「西洋音楽史」をまとまって語る
というような試みはほとんどないということだ。
「正しさ」「客観性」なるものが重視されて
きわめて細分化されたかたちで記述されることがふつうだというのだ。

ぼくのようなもともとクラシック音楽の門外漢にとって、
そういう専門性のなかに分け入っていくのはとてもむずかしいことだし、
なによりも面白くない。

いわゆるクラシック音楽は、西洋近代に展開した民族音楽だということもできるが、
その18世紀後半から20世紀前半の西洋音楽というのは
音楽の可能性の追求としてみてもやはり特別なものがあるように思える。
ぼくのなかでのクラシックの位置づけは、
さいしょはロックやポップス、そしてジャズしか
きかなかったというのもあるかもしれないが
それだけが屹立してある存在ではなく、
あくまでも音楽のなかの一ジャンル以外のものではない。
しかし、聴き始めてみると、やはりクラシック音楽というのは
ほんとうに大きな山脈を形成しているのがわかり、楽しみもたくさんある。

もちろん、現代においては、すでにクラシック音楽と称するものは、黄昏れていて、
すでに、「現代の音楽」としてよりは、かつて作曲された音楽が
さまざまに演奏されるものである位置づけのほうが主となっている。

そのクラシック音楽がどのように興り、どのように展開し、
そして現在はどうなっているのか、またどうなっていくのか、
そうしたことを本書では興味深く、さまざまな問題意識をも交えながら語っている。
そして、その問題意識には、現代という音楽の生産、消費状況などにつながる
より根本的な問いかけが含まれているように見える。
その点でも、本書は、「西洋音楽史」であると同時に、
その展開の「次」にあるものについての問題提起のための
基本的な視点を提供している貴重で、かつなによりコンパクトな一冊となっている。

とくに本書の終章である第7章の「20世紀に何が起きたのか」は興味深い。
たとえば、20世紀後半の音楽史的風景が
「三つの道の併走」として眺められるべきであるとされている。
そしてその三つの道はどれも19世紀の西洋音楽が生み出したものであるという。
こうやって整理してくれると、なんだかとてもすっきりしてくる。

第一の道とは、…前衛音楽の系譜だ。ここまで辿ってきた「作品史としての
芸術音楽史」の直接の延長線上にあるのは、これである。しかしながら作品
史としての芸術音楽史の存立は、第二次世界大戦後においては、もはや自明
ではない。言い尽くされたことではあるが、私がここで問題にしたいのは、
いわゆる前衛音楽における公衆の不在である。
・・・
この前衛音楽の系譜とは対照的に、20世紀後半における「芸術音楽の王道」
となったのが第二の道、つまり「巨匠によるクラシック・レパートリ ーの演奏」
である。これは「公式文化としての芸術音楽史」の延長線上にある系譜だとい
う言い方もできるだろう。指揮者のアーノンクールは、「18世紀までの人々
は現代音楽しか聴かなかった。19世紀になると、現代音楽と並んで、過去の
音楽が聴かれるようになりはじめた。そして20世紀の人々は、過去の音楽し
か聴かなくなった」と述べている。
・・・
そして第三に、これまた西洋音楽が20世紀において生み出した系譜の一つと
して、アングロサクソン系の娯楽音楽産業を挙げたい。19世紀とは西洋芸術
音楽が世界を制覇した時代だったとすれば、この音楽世界帝国を20世紀後半
において引き継いだのが、ポピュラー音楽である。そしてポピュラー音楽のル
ーツもまた、意外に思われるかもしれないが、19世紀の西洋音楽ーーとりわ
け世紀後半に大量に作られたミュージック。ホールやサロン音楽の類ーーにあ
るのだ。これらが新世界でアフロ・アメリカの音楽と結びついて生ま れたのが、
現代のポピュラー音楽の遠い祖先、つまりいわゆるティン・パン・アリーの音
楽だったり、ラグタイムの類だったりしたわけだ。…実際ポピュラー音楽の大
半は、特に旋律構造や和声や楽器の点で、19世紀のロマン派音楽をほとんど
そのまま踏襲しているといっても過言ではない。また「市民に夢と感動を与え
る音楽」という美学もまた、そっくりそのまま19世紀の西洋音楽から引き継
がれたものだ。「感動させる音楽としてのロマン派」の延長線上にあるのが、
ポピュラー音楽なのである。「クラシック」と「ポピュラー」は地続きであっ
て、決して世間で思われているほど対立的なものではない。

本書を読んでいちばん、ああそうかとあらためて実感したのは、
音楽を限定してきかないほうがやはりずっと面白いということだ。
もちろん、あるジャンル特有の面白さを楽しむという楽しみ方や
それがどのような時代背景のもとに生み出されてきたかを知ることで
音楽理解を深める仕方も面白いし、必要なことだけれど、
ジャンルを超えた楽しみ方もまた融通無碍にしていくことで
見えてくる/きこえてくるものもあるということ。
少なくともぼくには、そうした自在な聴き方をしていったほうがずっと面白くきける。

実際、ぼくのiーPodのなかには、ジャンルをごじゃまぜにした形で
ルネッサンス音楽から現代音楽、そしてジャズやロック、ポップス、
民謡、ワールド・ミュージックなどなどがはいっていて
そのつど、そのつどの気分に合うものをジャンルをとくにきにせずに聴いている。

しかし、あらためてこうした「西洋音楽史」の大河を見せてもらうと
またその聴き方が、あらたな相貌を見せてくるようになるということで、
その意味でも、こうした音楽史の試みはとても楽しいわけである。