風の音楽メモ2

伊福部昭・早坂文雄


2006.2.10.

■伊福部昭・早坂文雄(2006.2.10.)

■伊福部昭・早坂文雄

伊福部昭が91歳で亡くなった。
これで1914-という表記の右側が埋まってしまうことになる。

昨年末から今年にかけて、伊福部昭と早坂文雄の作品を
比較的集中してきいていたところだったので、
伊福部昭って91歳にもなっていたんだと今更ながら思い、
その長年に渡る活動についてふりかえってみる必要を感じている。

ここ数年、NAXOSの「日本作曲家選輯」のシリーズや
fontecの復刻廉価版シリーズで、
これまで忘れられがちだった20世紀の日本の作曲家に
ずいぶん光が当てられはじめていて、
その影響でぼくも少しずつきくようになった。
そのなかで、とくにこの伊福部昭と早坂文雄の音楽には
心ひかれるものを感じるようになってきている。

伊福部昭の音楽でいちばんわかりやすいのは、
日本の怪獣映画のための音楽だろう。
あの「ゴジラ」もそうだし、
「宇宙大戦争」や「三大怪獣地球最後の決戦」などもそうだ。
それらの怪獣映画、SF映画のための音楽をメドレーにした
「SF交響ファンタジー第1番」などをきくと
多くの方がとても親しみを感じざるをえないのではないかと思う。

その伊福部昭の音楽を最初にきく手頃なCDとしては
NAXOSの「シンフォニア・タプラカーラ」や
上記の「SF交響ファンタジー第1番」などが納められているのがいい。
なによりおそらく予想した以上にとても楽しくきけるはずである。
とくに「シンフォニア・タプラカーラ」は必聴で、
「タプラカーラ」がアイヌの舞踏の一形式の名であるように
その背景には北アジアの風土や自然への共感がある。

ぼくの最近きにいっているのは、fonecからでている
「ギター・リュート作品集」である。
このなかには、「古代日本旋法による踏歌」「ギターのためのトッカータ」
「箜篌歌」「バロック・リュートのためのファンタジア」が収められていて、
伊福部昭ならではの美学をしっかりと味わうことができる。

ちなみに、伊福部昭の伊福部家の系図上の始祖は大国主命だそうである。
そしてその伊福部とか伊福部吉といった性は、もとは
息を吹き(いぶき→伊福吉)であり、
金属を精錬する部の民の長ではなかったかといわれている。
そしてその伊福部一族は、明治維新まで
因幡国一宮と称せられた宇倍神社の神主を代々務めていた。

さて、早坂文雄のほうだが、
少し前の松岡正剛の千夜千冊のなかで、
西村雄一郎『黒澤明と早坂文雄』がとりあげられていた。
そのなかで、武満徹が早坂文雄の『ユーカラ』をきいて感動する話が紹介されている。

 41歳で急逝した早坂文雄が昭和28年の手帳に残したメモに
「端的只今の一念」とあって、さらに「現在尊敬セル人々」の名
があげられている。和辻哲郎、坂本繁二郎、永井荷風、鈴木大拙、
斎藤茂吉、前田青邨、幸田露伴、柳田国男、会津八一、クレー、
モジリアニ、そして映画では黒澤明。
 実にいい顔触れだ。なかなかこんなリストはつくれない。荷風
や大拙が入っても、そこに八一や青邨が並ぶことは、ふつうはで
きない。「端的只今の一念」がよくあらわれている。早坂は30
代後半から汎東洋主義(パンエイシャニズム)を標榜して西洋音
楽との訣別を宣言し、最後の最後に『ユーカラ』を完成させた。
「端的只今の一念」を貫いたのだ。『ユーカラ』を聞いた武満徹
は「音楽を聴いて、あれほど涙が出て感動したことはなかった」
と言った。
(松岡正剛の千夜千冊 第千九十五夜【1095】2006年1月16日
 西村雄一郎『黒澤明と早坂文雄』2005 筑摩書房)

武満徹が感動した曲といえばきかないわけにはいかない、という単純な動機で
早速これもfonecからでている交響的組曲「ユーカラ」をきいてみることにし たわけだ、
その曲目解説のなかに、もしも早坂文雄という存在、
そしてその「ユーカラ」という存在がなかったら、
黛敏郎は「ねはん交響曲」を書かなかったかもしれないし、
武満徹は「ノヴェンバー・ステップス」のような作品を
作曲しなかったかもしれないということが書かれてあったが、
「ユーカラ」が作曲され、初演されたのが1955年。
その音楽をきいてみると確かにそれだけの意義がこの作品にはあると思えてくる。

伊福部昭が「ゴジラ」の作曲をしたとすれば、
早坂文雄は黒澤明監督の「羅生門」や「七人の侍」の映画音楽や
溝口健二監督の「雨月物語」「近松物語」などの映画音楽を手がけている。
武満徹もさまざまに映画音楽を手がけてきたことを思えば、
映画音楽できく日本音楽の系譜とでもいうものを
いつかぼくなりに辿ってみたいと思うようにもなった。

伊福部昭が亡くなったということで、
とりあえずあまりのかけあしで二人の作曲家を紹介してみたが、
こうした作曲家の活動を過去にしてしまうにはあまりにも惜しく、
再発掘でもいえる最近のさまざまな動きには注目してみたいと思っている次第である。