ヴァイオリン奏者
《ブロニスラフ・フーベルマン(Bronisław Huberman)》

2015.4.16

1882年12月19日、ポーランドのチェンストホヴァ生まれのヴァイオリニスト( - 1947年6月15日あるいは6月16日 ジュネーヴ近郊)。パレスチナ管弦楽団(後のイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団)の創設者の一人。
1896年には齢13歳でウィーンのムジークフェラインザールにてブラームスの前で彼のヴァイオリン協奏曲を演奏、作曲者をいたく感動させたという。
ベルリンを本拠にヨーロッパにおいて活躍していたが、1933年、ナチスの政権獲得とともに抗議キャンペーンを開始。ナチスの台頭に伴いドイツを離れる。1936年、若いユダヤ人亡命音楽家を集めてパレスチナ管弦楽団を結成(1948年にイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団と改称)。敬愛していたアルトゥーロ・トスカニーニを最初のコンサートの指揮者として迎える。しかし、その翌年の1937年に、演奏旅行先のジャワ島の空港で飛行機事故に巻き込まれ両腕を負傷したが、復帰を果たし、戦時中はアメリカで演奏活動を行った。

◎エルガーの「La Capricieuse op.17 」(1930)
Piano ; Siegfried Schultze
recorded in 1930
transfer from Jpn Columbia 78s / J-7873(AX-5951)

https://www.youtube.com/watch?v=nx7mIDilR3Q