イタリア・末期ルネサンス音楽
《ルッツァスコ・ルッツァスキ》

2013.9.1

今今日の音楽は、ルッツァスコ・ルッツァスキ(Luzzasco Luzzaschi, 1545年頃? - 1607.9.10)。
16世紀末のフェラーラの宮廷で活躍し、初期バロックの音楽の形成に大きな影響を与えた
イタリアのルネサンス末期の作曲家、オルガン奏者、音楽教師。

若い頃はチプリアーノ・デ・ローレの弟子だった。1561年には宮廷オルガニストとして採用され
、1564年に前任者のジャッケス・ブリュネルが死去すると、主席オルガニストに就任。
以後、アルフォンソ2世が死去する1597年まで、宮廷の音楽活動において指導的な役割を果たした。
彼の葬儀には80人の音楽家が集まり、棺の上に金色の月桂樹のリースがのせられたという。

作曲家としてのルッツァスキはまずマドリガーレ作曲家として有名であり、
7巻の「5声のマドリガーレ集」と、「1声、2声または3声のソプラノのためのマドリガーレ集」(1601年)が出版されている。
公爵の非常に私的な音楽組織であるコンチェルト・デッレ・ドンネ(concerto delle donne 「女性の協演」)と呼ばれる
3人のソプラノの名歌手からなるユニットを持っていたことも有名。
鍵盤奏者としても高く評価されていたらしいが、作品はほとんど残っていない。

それでは、リュートとソプラノによる「Aura Soave」。
演奏は、 La Venexiana.
http://www.youtube.com/watch?v=ubGNDcGUcQs

続いて、「O dolcezz' amarissime d'amore」。
演奏は、Dosso Dossi。
http://www.youtube.com/watch?v=FdyuOZF8XxI