桃山晴衣「梁塵秘抄/遊びをせんとや生まれけん」

2012.12.8

桃山晴衣
「梁塵秘抄/遊びをせんとや生まれけん」
「梁塵秘抄を語る」
「梅は咲いたか」

選挙演説で「日本を取り戻そう!」とか言っていたりするが、
なんだかとても不気味な取り戻し方のように感じたりもするので、
そういうのよりは、こういう「うた」を通じて日本を取り戻してほしいということで、
今日の音楽は、平安末期に流行したという歌謡「今様」を集めた
「梁塵秘抄」の世界を現代に蘇らせようとした桃山晴衣の「うた」を。

ぼくは「神秘学遊戯団」というサイトをずっと開いているのだけれど、
その「遊」というコンセプトは松岡正剛の「遊」からきていると同時に、
「梁塵秘抄」の「遊びをせんとや生まれけん」という「遊び」からもきている。

「梁塵秘抄」の世界が好きで、それを「うた」っている人、桃山晴衣のことを知ることに。
その桃山晴衣は2008年に亡くなってしまったが、
1981年に「遊びをせんとや生まれけん」というレコードをリリースしてから、
「最晩年の「梁塵秘抄JAPANツアー100」(2005)まで、
「古代から現在に至る、私たちの感性の中にある、
日本にある音楽を駆使して「梁塵秘抄」を蘇らせよう」とし続けた。
その「旅」は、『梁塵秘抄うたの旅』(2006/青土社)という著書にもまとられている。
この本はぼくにとってもとても大切な一冊になっている。

その著書の「「梁塵秘抄」と日本の<うた>」という最後の章のおわりには、こうある。
「この〝美しい国土〟には、太古から累々と重なる生死の繰り返しに、絶えず響きわたる<うた声>があった。それは自然とともに生きてきた人間の「生命の賛歌」、そのときの現在を生きる人々の「魂の食べ物」であった。/近代化とともにとり落と失ったものの大きさに誰もが気づき、まず人間社会の再構築が急がれる昨今であるが、次の時代をになう人々にはぜひとも<日本のうた>を、
その在り様ごと取り戻して欲しいと願うのである。」

それでは、「梁塵秘抄」から、桃山晴衣の「うたう」、
「遊びをせんとや生まれけん」を。
今の私たちの「うた」とはずいぶん違っているので、メロディーを楽しんだり、
リズムを楽しんだりする感覚ではきけないけれど、思いを平安の時代に飛ばしながら、
その時代の歌謡についてイメージをふくらませていただければと思う。

http://www.youtube.com/watch?v=vzyIwdZBOnQ

参考までに、桃山晴衣の「梁塵秘抄を語る」という記録映像があるので、興味のある方はどうぞ。
収録は、梁塵秘抄に歌われてもいる美濃の国・南宮大社での1998年の12月の記録。

http://www.youtube.com/watch?v=qfWe3Lhsano

さて、桃山晴衣は、こうした平安の昔のうたから江戸の小唄、明治大正時代の演歌まで、
さまざまな日本のうたを歌っている。
そのなかから、春はまだ少し遠いが、ちょっと小粋な小唄・端唄「梅は咲いたか」を。
実はぼくは、小唄や都々逸とか好きで、
わりと小さい頃から意味もわからないまま口まねして
歌っていたりしたことがあったりする。
落語が好きなのもそれと同じ感覚なのかもしれないが、
今でも、i-Podには小唄などを入れていて、
ときおり「梅は咲いたか、桜はまだないか・・・」とか歌って遊んでいたりする。

http://www.youtube.com/watch?v=lJIxEyjDyPc