上尾信也『吟遊詩人』 |
2013.6.18 |
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●上尾信也『吟遊詩人』(新紀元社/2006.8.22) このところ「今日の音楽」ということで、トルバドゥールやミンネゼンガーをご紹介しているが、ほとんど予備知識のないままWikipediaやYouTubeを使って調べながら、実際のところ行き当たりばったりで調べながら進めている。おもしろいことに、ひとりひとりのトルバドゥールやミンネゼンガーをあたっていくうちに、それまで見えなかったその時代の一端がぼくのなかで、ジグソーパズルを1ピースずつ埋めていくうちに絵が見えてくるように浮かびあがってくる感がある。 トルバドゥールやミンネゼンガーというのは、まさに「吟遊詩人」なのだけれど、彼/彼女らはさまざまな姿をしていて決して一様ではないし、「吟遊詩人」というイメージでくくることももちろんできない。詩人であり語り部であり、歌い手であり、大道芸人であり、また騎士であり王侯、はたまた魔術師だったりスパイだったり・・・。 これまでそんな「吟遊詩人」ついてまとまった資料をもっていなかったので、なにかないかと探していたのだけれど数日前に見つけたのがこの上尾信也の『吟遊詩人』。ファンタジーもののキャラクター紹介的なノリの装丁などをみてどうかなと思ったけれど、内容はなかなか本格的な研究書でもある。上尾信也は、ファンタジー作家や紹介者というのではなく、西洋史と音楽学の研究をされている方で『音楽のヨーロッパ史』(講談社現代新書)や『歴史としての音』(柏書房)などの著書もある。トルバドゥールやミンネゼンガーなどについて関心のある方には、この『吟遊詩人』は必携かもしれない。ぼくもようやくこの本で全体像がおぼろげながらイメージできるようになった。 さて、歴史上で「吟遊詩人」とされる人たちについての記録は、トルバドゥールに関していえば13~14世紀に編纂された『ヴィダス(伝記)』と『ラツォス(注解)』と呼ばれる評伝や作品に関する30ほどの写本があるとのこと。そこには460人もの名前と2600の詩歌、そしてその10分の1ほどに音楽がつけられていて、王侯から騎士、市民など、出自不明のものもふくんでさまざまな身分だったことがわかる。 最初のトルバドゥールとされているのは(まだ「今日の音楽」ではご紹介していないが)第1回の十字軍にも参加したアキテーヌ公ポワティエ伯ギョーム9世で、その関連での婚姻関係などもあり、トルバドゥールの詩歌が北フランスやイングランドの宮廷などにも伝わったようである。それらの詩歌の作者が「トルヴェール」と呼ばれている。 また、ミンネジンガーについては、14世紀初頭の彩色肖像付の『大ハイデルベルク歌謡写本(メネッセ写本)』や楽譜付の『イェーナ歌謡写本』などで伝えられているとのこと。ミンネジンガーの多くは、貴族、騎士、家人の身分で、すでにご紹介しているが、ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハ、ヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデなどが知られている。そしてそれが、14世紀以降は市民層へもひろがって、マイスタージンガー(職匠家人)が登場してくることになる。マイスタージンガーといえば、ワーグナーの楽劇に「ニュルンベルクのマイスタジンガー」というのがあるが、まさにそれ。 ◇以下、本書よりの引用(本書の趣旨に関するもの)。 「吟遊詩人」にはこわだりがあった。本文中にも引用させていただいたがフランス中世文学研究の泰斗であった新倉俊一先生とおなじく「吟遊詩人」の訳を否定し、私自身の書いたものでは「宮廷歌人」の訳を提唱させていただいた。トルバドゥールやトルヴェール、ミンネジンガーの活動の場と機会、表現方法などを考えるならば「宮廷」という場での発表を念頭として、詩歌を創作し、時には自らが歌ったことも合わせ、「宮廷歌人」は適訳であると思う。「吟遊詩人」は一般に流布していることも否めないが、想像力を喚起させる言葉として一人歩きをしてきた危うさも持っている。 |