■志村ふくみ『薔薇のことぶれ: リルケ書簡』(人文書院/2012.10.10)(2013.3.11)
ー「視覚の奥行きへ向かうためのエスキス」に関連してー
志村ふくみさんの『薔薇のことぶれ: リルケ書簡』がでている。
前著の『晩禱: リルケを読む』に続いて、テーマは同じくリルケ。
今回は、書簡。そのなかでも妻のクララに宛てた「セザンヌ書簡」の章がきっかけで、
久しぶりにセザンヌがぼくのなかでクローズアップされてきた。
今少しずつ書き始めている「視覚の奥行きへ向かうためのエスキス」というのは、
この「セザンヌ書簡」がきっかけでもある。
「1907年、リルケはクララに宛てて、約20通近いセザンヌについての
書簡を書き送っている。この書簡は世に、「セザンヌ書簡」と呼ばれ、いず
れまとめて「セザンヌ論」として出版されるはずであったが実現されなかっ
た。」(P.41)
志村ふくみさんの熱のこもった紹介もあり、ふと思いついて、
小林秀雄の『近代絵画』のなかの「セザンヌ」の章を読み直してみた。
ここにもこの「セザンヌ書簡」のことが随所にでてくる。
ずっとずっと前に読んでいたはずだが、まったく記憶にない。
しかし、今読むとずいぶんよくわかる。
というか、ぐいぐいと引き込まれるように面白い。
ょっと気になったところを引いておくことにする。
「絵は見て眼を楽しますというより寧ろ描かれた物が何を語っているかを『正
しく読むべきものだ』とさえ言っている。物の本性が見通せる様に眼を使うこ
と、物がその本性を語る様に抽き出す事、それがプーサンの思想であった。彼
もまた、自然は表面より深さの方を沢山持っていると考えた、とセザンヌは考
えたかったのであろう。」(新潮文庫P.74) |