風のブックメモ

黒住真・編『思想の身体/徳の巻』


2007.4.16

■黒住真・編『思想の身体/徳の巻』
 (春秋社/2007.3.15.発行)

「シリーズ 思想の身体<全9巻>」が、最終巻『兵藤裕己・編/声の巻』で 完結した。
全9巻のテーマは「愛」「戒」「霊」「死」「徳」「狂」「悪」「性」「声」。
このなかでもっとも興味深く読み進めることのできたのがこの『徳の巻』と
その巻末にある、竹内整一・宮本久雄・黒住真の鼎談「人間における徳」だった。

他のテーマに関してはこれまでもそれなりにまとまって考えたこともあり、
とくに大きな発見というほどのものは見つからず、
シリーズがでるたびごとにもうひとつ期待感は薄れていったのだけれど、
「徳」というテーマについて、これまでまとまって考えたことはなかった
ということもあったのだろう、
この「徳の巻」だけは、おもいのほか、収穫があった。

「徳」というと、「道徳」というどちらかといえば敬遠したいような言葉もあ るように、
かなり煙たいというか、外からお仕着せのように押しつけられるイメージもあり、
「自由」とはどこか相容れない感じもしてしまうのだけれど、
「自由」と「徳」とは本来、いわば「相即」すべきものではないか。
つまり、「自」と「他」が出会う可能性こそがその「徳」にあるのではないか、
そんなことを考えながら、この『徳の巻』を読み進め、
さまざまな示唆を受けることができた。

  徳とは、世界に関わる人または存在者たちのいのちが、自身所有する可能性・
  能力であった。それは価値を帯び、他の人また存在者たちに向けて働く。かつ
  て人称性をもった自他は、徳をもって、互いに行き来していた。徳は、道すじ
  として「道徳」となり、また人のみならず天地宇宙、万物においても、また神
  仏など超越・根源者においても見出されていた。だが、この自身有する徳は、
  近代になると、もっぱら手元の秩序や関係・組織のものに収斂してしまう。自
  他の人称性は「空白」となり、徳はもう見出されない。(黒住真 /P.289)

竹内整一・宮本久雄・黒住真という三者の視点は、どれも示唆に富むものだった。

   現代の人間には、組織やメディアがあっても、自他なく、徳はもちろん人格
  もなく、技術も学びも、しばしば本質を失って状況的に動いている。そこに今
  後どんな方向があり問題があるのか。最後の竹内整一・宮本久雄氏との鼎談は、
  他者の問題、またニヒリズムにもふれながら、現在の問題を大きく論じている。
  (…)
   世界は複数多元的であり、多くの破壊と悪や虚無や戦いをはらんでいる。が、
  それでもやはり天地自然の環境とガイアがあり、人は中心において創造を担っ
  て生きている。その人の存在と知情意、言葉・営みはいったい何なのか。人は、
  いまここに存在し、より他者に出会いながら人間として働く。そこでは、おそ
  らく徳としての「和」が、より深くその時処・自他の調和・和解として求めら
   れているのだろう。
  (黒住真 /P.291-292)

本書は、「徳」についてさまざまに捉えてみるきっかけになっただけではなく、
たとえば、つい先日、「他者」「他性」についての関心から、
刊行されはじめている「シリ−ズ物語り論」(東京大学出版会)の
第1巻目『他者との出会い 』( 宮本久雄/金泰昌 )に
目を通したところだったりもするように、
特に鼎談の三氏について、それぞれの興味深い視点について
ここのところずっと関心を持っているテーマが
さまざまにリンクしてくるのをとてもスリリングに感じている。

その、『他者との出会い 』 の宮本久雄は、
キリスト教思想史が専門で、以下の著作がある。

■存在の季節―ハヤトロギア(ヘブライ的存在論)の誕生
■福音書の言語宇宙―他者・イエス・全体主義
■受難の意味―アブラハム・イエス・パウロ (宮本 久雄、山本 巍、 大貫 隆)
■聖書の言語を超えて―ソクラテス・イエス・グノーシス(宮本 久雄、山本 巍、 大貫 隆)

また、竹内整一は、倫理学・日本思想史が専門で、
今ちょうどNHKのラジオで「<かなしみ>と日本人」がはじまっている(テ キストも刊行)。
『「はかなさ」と日本人』(平凡社新書/2007.3.9)も刊行されたところである。
以前から『「おのずから」と「みずから」』(春秋社)という著書の
著者であるというのは、今回の発見。

『徳の巻』の編者、黒住真は、日本思想史・倫理学・比較思想宗教が専門で、 以下の著作がある。
(黒住という名前でそうではないかと思っていたが、やはり岡山県生まれとのこと)

■複数性の日本思想
■近世日本社会と儒教
■一神教とは何か―公共哲学からの問い(大貫 隆、黒住 真、金 泰)

今回の『徳の巻』のように、あるテーマをめぐるさまざまな議論を知ることで、
それに関連したさまざまな視点を得、考え始めるきっかけを得るのはうれしい 体験になる。
「シリーズ 思想の身体<全9巻>」のなかでは、
個人的にはもっとも得るものの大きい巻となった。