風のブックマーク2004
「詩」編

 

平出隆『ウィリアム・ブレイクのバット』


2004.6.28

■平出隆『ウィリアム・ブレイクのバット』
 (幻戯書房/2004.6.25.発行)
 
『葉書でドナルド・エヴァンズに』という
詩集のようなものを数年前に紹介したことがある。
これはその著者、平出隆のエッセイ集。
1989年1月から1996年10月までに雑誌や新聞で発表された
全部で207の短いエッセイである。
 
平出隆はここのところけっこう元気のようで、
昨年は『伊良子清白』で芸術選奨文部科学大臣賞とかいうのを受賞しているし、
その前には、『ベルリンの瞬間』という紀行文で
紀行文学大賞というのを受賞していたりする。
受賞しているかかどうかはとくにどうでもいいのだけれど、
そのふたつの仕事はぼくにとってもとても印象が深く、
昨年は、その『伊良子清白』がきっかけになって、
実際の伊良子清白の全集などを読んでみたりもすることになった。
 
さて、今回の『ウィリアム・ブレイクのバット』だが、
タイトルがちょっと変わっている。
「ウィリアム・ブレイク」というのは
あの『無垢の歌』のウィリアム・ブレイクであり、
「バット」というのは野球のバットのこと。
 
平出隆には、『ベースボールの詩学』や『白球礼讃』といった
ベースボールをめぐるエッセイがあるが、
実際、平出隆には草野球チームを運営しているほどの野球狂?である。
ぼくは残念ながら、野球にはあまり関心がわかず、
基本的なルールと世間話についていけるほどの関心しかないが、
ここで話題にされているベースボールの話はなかなか楽しい。
その他の話題は、相撲の話だったり、
また「絶対初心者」としての自動車の運転の話だったりする。
話題はともかく、ここに収められた話の数々、
この、まるで散文詩エッセイのような著書を
あの『葉書でドナルド・エヴァンズに』のときのように
とても楽しく愛おしい気持ちで読み進めることができた。
それを記しておきたいと思った次第である。
 
本書のなかでは46番目の話になるが、
「緑の光」と題されている章が
ぼくのなかではとくに印象に残っている。
平出隆には、『家の緑閃光』という1987年に刊行された詩集があって、
思潮社の現代詩文庫100『平出隆詩集』に収められているのだが、
この章を読んではじめて、その『家の緑閃光』が
あらためてぼくのなかで「緑の光」を発しはじめたのだ。
 
        かつて、緑閃光というテーマを追いかけたことがあった。太陽が
        水平線にあらわれる瞬間、または消えてしまう瞬間に、その一点
        から緑の光が発せられるという稀れな現象である。これは気象条
        件や地理的な条件などから、観測のきわめてむつかしいものとさ
        れる。
        それを知って、実際に見ることは一生あるまいと、まずは諦めた
        ものだった。そして、旅先のワシントンの国会図書館でヴァチカ
        ン天文台の発行した緑閃光の観測写真集を見たり、その後日本に
        やってきたエリック・ロメールの映画『緑の光』を観たりするこ
        とをとおして、そのオブセッションを一冊の詩集に編みあげてい
        った。
        それは、果てしない水平線のひりがりの上にではなくて、疲れき
        った生活のひとつの果て、つまりは自分の家の中に緑の光を見つ
        ける話である。
 
その後、平出隆は、『葉書でドナルド・エヴァンズに』の
ドナルド・エヴァンズが渡ろうとして嵐に妨げられて渡れなかった
イギリス南西部のブリストル海峡にある小さな小さな島に渡り、
そこで、奇蹟のように緑の閃光を見ることになる。
 
さて、ぼくも、いつか、奇蹟のように、
どこかで、なんらかの形で、
緑の閃光を見ることができるだろうか。
それを思いながら、あらためて詩集『家の緑閃光』を
読み直しているところである。
 
 

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