風のブックマーク2004
「音楽」編

 

リヒテルは語る


2004.1.31

■ユーリー・ボリソフ 宮澤淳一訳
 『リヒテルは語る/人とピアノ、芸術と夢』
 (音楽之友社/2003.5.31発行)
 
リヒテルをはじめてきいたのは
リストのピアノ協奏曲だったろうか。
たぶんLPレコードが残っていると思うけれど。
ずいぶん昔のことで
その頃はクラシックを聴くということそのものが
まだぼくにはちょっと異質な体験でもあったので
その演奏がどういうものだったのか
あまり記憶に残っているとは言い難い。
 
先日、リヒテルの名盤だという
バッハの平均律を収めたものをひととおりきいて
その音のなかにひきこまれてしまった。
それまで聴いた平均律とはまた違った、
とても深い、けれどある意味では少し変わった演奏。
 
この『リヒテルが語る』の翻訳を出版する企画は
義弟の友人である音楽之友社のK氏が立案したものだということが
訳者あとがきにも書かれてあって、
そういえば義弟がこの本のことを話していたのを
具体的には覚えていないが、
この本に書かれてある面白いエピソードの印象とともに
あらためて思い出した。
いや、それはyuccaからの又聞きだったのかもしれない。
とにかく、リヒテルはかなり面白い人らしい、
という印象を持つようになっていた。
 
書店で少し眺めていたものの
購入してまで読もうとは思っていなかったのを
図書館で偶然目にし
借り読み始めてみたところ
これがほんとうに面白い。
 
著者のユーリー・アリベルトヴィチ・ボリソフは
モスクワ在住の演出家・映画監督で、
仕事を依頼したのをきっかけにリヒテルと親しくなり、
自宅や別荘などに招かれるようになり
そのときのリヒテルの語った記憶が
この本で再現されている。
訳者あとがきにそれについてこう書かれている。
 
        リヒテルはボリソフを相手に自由闊達に語る。話題は音楽に限らない。
        ギリシャ神話や聖書からゴーゴリ、チェーホフ、プルースト、トーマス・
        マンまでの各種文学作品が、フェルメールからピカソ、シーレ、エルン
        スト、ダリの絵画が、コクトー、フェリーニ、パゾリーニ、黒澤明の映
        画が、そしてシェイクスピアの演劇や、世界各地の教会建築など、あら
        ゆる芸術・文化が、奇想天外な夢の話や、幅広い交友関係を示す幾多の
        エピソードとともに論じられる。その博識と芸術的鑑賞眼の鋭さには驚
        くばかりだが、これらとともに語られる作曲家論、楽曲論も独特で興味
        深いーーーいちばん偉大な作曲家はモーツァルトとストラヴィンスキー
        である(第14章)、シューベルトのソナタはプルーストの小説に似て
        いる(第2章)、スーラの点描主義はチャイコフスキー(第17章)…
        …。即物的な技術論ではなく、比喩や連想による文学的・美的な評釈で
        あり、リヒテルが実に“主観的”な音楽観・芸術観の持ち主であったこ
        とがわかるが、それだけに内容は啓発的で示唆に富み、リヒテルの演奏
        の魅力を解明する手がかりとなるばかりか、音楽・芸術に対する読者の
        想像力を高めてくれる。(P305-306)
 
リヒテルの語りはほんとうに刺激的というか
そのちょっとエキセントリックなまでなのだけれど
それはぼくの音楽を聴く想像力をかなり活性化してくれる。
ああ、そういう聴き方もあるのだ!という驚きの多いこと。
あらためてバッハの平均律だけではなく、
1958年のブルガリアの首都ソフィアでのライブなどを
聴いてみると、その演奏がより魅力的なものとなってきた。
 
こういう個性的な本はこれまであまり読んだことがなく、
とても刺激になったのでご紹介してみることにした。
 
 

 ■風の本棚メニューに戻る

 ■神秘学遊戯団ホームページに戻る