風のブックマーク2004
「漫画」編

 

吉田秋生『イヴの眠り』


2004.2.16

■吉田秋生『イヴの眠り1』
 (小学館FC8033 2004.2.20発行)
 
YASHA全12巻が完結して、
今度はまたどんな吉田秋生らしいストーリー&キャラが
でてくるのだろうと思っていたところ、
この『イヴの眠り』がでていたので早速読み始めると、
今度の『イヴの眠り』はYASHAの後日談の
ストーリー&キャラになっていた。
「有末静」のキャラとその友人関係にとても愛着があったのだろう。
 
吉田秋生は最初(だと思う)の『カリフォルニア物語』を読んで以来、
『吉祥天女』『BANANA FISH』『ラヴァーズ・キス』
『YASHA』や、その他の短編の作品など、
吉田秋生のある種ワンパターンなキャラ設定にもかかわらず
逆にそのワンパターンなキャラ設定?に加え、
その周辺の友情をめぐる魅力的なストーリー展開ゆえに
いちおうその都度読み続けることになっている。
おそらくこの水戸黄門的な在り方はこれからも変わらないような気がしている。
それでいいような気もするのだけれど、
ちょっと変わってほしいような気もしたりする。
 
今度の『イヴの眠り』は何巻まで続くかわからないが
『BANANA FISH』が19巻、『YASHA』が12巻だったので
『YASHA』の後日譚ではあるもののかなり長くなるのかもしれない。
また何年かの息の長いつきあいがはじまることになるのだろう。
 
ところで『YASHA』や今回の『イヴの眠り』の設定では
DNA決定論のようなものがそこにあったりして
その点でいえばあまり好きな設定ではない。
しかも優れたDNAをもった人物は常人離れした
超人的な頭脳や身体機能を有してはいるのだけれど、
神秘学的なところではかなり稚拙なところに留まっている。
留まっているがゆえにある種の枠内で
ストーリーが展開していくのだけれど
少しばかりフラストレーションもたまってくるところがある。
 
ストーリー展開としては面白く読ませられるし
それぞれのキャラクターや関係性も同様だけれど
ぼくの好みとしていえばとくにDNA決定論のようなものを
持ち込んでいない、アッシュというかなり超人的なキャラと
英二という平凡なキャラとの友情関係を軸にしていた
『BANANA FISH』のほうが好みだったりする。
 
いわゆるIQが高く優秀な人物というのは世に多くいるだろうけれど、
どうしてそういう人が肝心なところで
その枠の中での優秀さを発揮するだけになってしまうのだろうか。
そんな疑問をいだくことはよくあるのだけれど、
やはり魂の能力にはその適用範囲があってそれを超えてしまうと
まるで盲目になってしまうということなのかもしれない。
目が光を感知する以前に、光が目をつくるように(ゲーテ)、
光があったときに目をつくることができるような
そういう在り方が受容できるかどうかというあたりが
キーになってくるのだろう。
目の前にあるものにまるで気づかないということは
思いのほか多いように、
「問い」を発することのできるなにかを自分のなかで持てないと
自分の囲いのなかをでられないということになる。
そのことにはぼく自身これからも特に注意深くありたいと思っていたりする。
 
 

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