風のブックマーク2004
「雑誌」編

ファウストVol.5「上遠野浩平をめぐる冒険」


2005.5.22

■ファウストVol.5 2005.SPRING
 第一特集「上遠野浩平をめぐる冒険」
 (講談社/2005.5.18.発行)
 
この「ファウスト」という季刊雑誌、
「何が飛び出すかわからない文芸コロシアム」とあるが、
この10年ほどである種のジャンルになっているらしい「ライトノベル」と
ミステリーとを架け橋している感じの、比較的若い世代向けの雑誌のように見える。
いわゆるライトノベルそのものにも、またミステリーとかにもあまり関心があ 
るとはいえず、
しかも若くもないぼくには、そんなにとっつきのいい雑誌ではないが、
ほかならぬ、「上遠野浩平」が特集され
しかも新作が載っているというのもあってはじめて購入。
 
上遠野浩平という作家は、ぼくにとって、個人的にいうならば
(おそらくそんなに言う人もまずはいないだろうけど)
村上春樹以降、はじめて現れたぼくにとって特別な作家のひとりである。
(・・・と、この雑誌の特集を読みながらはじめて思った)
しかも、おそらく村上春樹はすでにある部分過去に行きかけているが、
上遠野浩平はまだまだ現在進行形であると感じている。
 
まだ現時点では、いわゆる(SFを含む)文学関係の世界では、
この上遠野浩平がそんなに評価されているとはいえないのだろうが、
ぼくにとっては、今のところ基本的に読んでいたい数少ない作家の一人だといえる。
 
この特集で、上遠野浩平について新発見があったとはいえず、
しかも、東浩紀のインタビューもいまいちだったし、
(東浩紀という人は、なんか、そんな変でもないんだけれど、
ある種の現代思想フリーク以外には、ちょっとダサイところがある、
クドイというか、モノモノしすぎるというか)
西尾維新とのトークセッションも、笑えるところはあるけど、そんなに面白くもない。
 
インタビューおよびトークセッションで、やはり、と思ったのは、
「ジャンル意識のようなものは自分にはないんです」とあるところ。
それと「チェーホフは非常に感動して読みました」とあるところ。
「とにかく居心地悪そうな登場人物たちが、居場所のなさに悩んでいる様には 
共感できた」
 
それと、はじめて上遠野浩平論らしいものが読めたと思った
佐藤俊樹「世界を開く魔法」には、次のような示唆があったのは
再確認の上で、収穫があったかと思う。
 
	私たちの四次元宇宙に隣接する宇宙や、「現実」と名づけられた平板な
	構築物の端や裂け目。上遠野が描くのはそうした世界だ。それらはいわ
	ば私たちの隣りである。その隣りに触れることで、私たちは全体を見渡
	さないまま、世界の内側から、世界が他でもありうることに触っていく。
	均しいということは、つきつめれば、そういうことである。
	一人でありながら他に開かれていく。
	神の視点を仮構して「メタ現実」に自分を再び封じ込めるのではなく、
	「現実」の境界線を溶かして、他でもありうることに自らをつなげてい
	く。
	上遠野の小説は物語につながることで、「虚構」の壁の向こう側からそ
	の感覚を呼び戻す。他の誰かに意味を手渡し、手渡され、そのなかで世
	界がこうであることと他でもありうることを受け取っていく。均しいこ
	とは、隣り合うことは、そんな触れ方へ人を開いていく。
	きっとそうやって、ワタシたちは指先をのばしていくのだ。
	虚空にして虚無ではない、果てしなき星々のーー夜の彼方へと。
	(P218-219)
 
現代において、「現実とはなにか」を問うことは、
ある意味でもっとも切実な問いかけである。
即物的に世界をとらえるド単純な人ではなく、
「世界」をどうとらえていいのかちゃんと問おうとするならば、
その問いを外して生きることはむずかしい。
 
しかも、その現実を単純に「ハイヤーセルフ」だとか
「神」だとかいうことで、自分を単純に洗脳してしまうのも困難である。
これだけ面倒くさすぎる現実=世界をどうするか。
そのことに、現在進行形で答え続けているプロセスを
上遠野浩平はある意味、ともにたどってくれる「戦士」であるともいえないだろうか。
 
今、私たちのほしいのは、おそらく、
たしかであることはむずかしいものに対して
虚無ではない虚空に立ち向かえる勇気なのかもしれないのだ。
村上春樹は、虚無と虚空の間で揺れ動いているだけの部分があるし、
ある意味、少し短絡的な解決を予感させてしまうにおいのようなものもあるが、
上遠野浩平は、虚無と戦うための勇気に向かっていける世界を紡いでいるよう 
に感じる。
しかもそれをどこか特定の大団円的なものにもっていこうとはしていない。
そういうプロセスにつきあえるという感覚(まさに「上遠野浩平をめぐる冒険」)は、
少なくともぼくにとって少しうれしい感じがするのである。
 
 

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