風のブックマーク2004
「思想」編

 

白洲次郎『プリンシプルのない日本』


2004.12.26

■白洲次郎『プリンシプルのない日本』
 (ワイアンドエフ/2001.5.17.発行)
 
勢古浩爾『白洲次郎的』(洋泉社新書/2004.12.20.発行)を読み、
白洲次郎の著作集がでているのを知った。
それがこの『プリンシプルのない日本』である。
 
青柳恵介『風の男・白洲次郎』という評伝を読んで以来、
白洲次郎という人にちょっと特別な畏敬を感じているが、
やはり、白洲次郎自身の文章や座談会記録などがでていると知ると、
やはり『白洲次郎的』ではなく、その実際を読んでみたくなる。
 
おそらく唯一の記録であろうこの座談会というのは、
河上徹太郎と今日出海との間の「日本人という存在」と題された
1950年(昭和25年)のものである。
そのなかで白洲次郎はこんなことを言っている。
 
	どうも日本人というのは、これは日本の教育の欠陥なんだけど、
	物事を考える時に、物事の原則っていうことをちっとも考えない
	んだ。
	(…)
	よく日本人は「まあまあ」って言うんだ。「まあまあ」で納める
	のもいいんだよ。妥協ということに僕は反対するわけでも何でも
	ないんだ。妥協は妥協でいいよ。だけども、ほんとの妥協という
	ことは、原則がハッキリしている所に妥協ということが出てくる
	んでね。日本人のは妥協じゃないんだ。単なる頬かぶりですよ。
	原則をほったらかしといて「まあまあ」で円く納めようとする。
	納まってやしないんだ。ただ問題をさきへやっとこうというわけ
	だ。臭い物には蓋をしろというんだよ。
	(P243-244)
 
これを読んで思い出したのが、山本七平のこと。
松岡正剛が例の「千夜千冊」の第796夜で
 
	ぼくは二度ばかり山本さんと会って、これは話しにくい相手だと
	感じた。屈折しているのではないだろうが、世間や世情というも
	のをほとんど信用していない。そのくせ、山本七平の主題は日本
	社会のなかで世間や世情がどのように用意され、どのように形成
	されてきたのかということなのである。
 
書いているが、日本の世間や世情を信用しがたいというのは、
おそらく白洲次郎のいっているように
「物事を考える時に、物事の原則っていうことをちっとも考えない」
というところにあるのではないかという気がしている。
 
ぼく自身の経験をいうとすれば、家でも学校でも、
「なぜ」と問うことに対して、日本の世間というのはとても冷たい。
あらかじめ決められているQ&A以外の問いは
まるでなされてはならないかのような気にさえなる。
会社などでも、原則論というのは多くの場合、
受け流されるか煙たがられる傾向にある。
 
ぼくも半ば処世術的な部分で
そういう「空気」に逆らっては生活していけないものだから、
なかばそういうなかでできるだけ息苦しくならないように
なんとかやっていることが多いが、
ぼく自身のありようとしては、基本的に山本七平さんと同様
「世間や世情というものをほとんど信用していない」ところがある。
その反面、ぼくは小さい頃から、なぜか
人はほんとうはわかっているんだ、わかりあえるんだ、という
不思議な感覚をもっているものだから、
その間の矛盾にはずいぶん悩まされた・ているところがある。
 
実際問題として、どんな社会でも同じようなものだけれど、
多くの人は「物事の原則」を考えて生きていたりはしない。
慣習や風習や思いこみの最大公約数のなかで
それをさも自分の考え方だと思いこんで生きている。
その象徴がマスコミでみられる言動や報道であって、
それらが「世間や世情」を代表しているであろうそれをみるだけで、
それらを信用できると思える方がどうかしているように見える。
 
そういうなかで、ある種のダンディなまでの「プリンシプル」で生きている
白洲次郎という人の魅力はちょっと特別なものがある。
歴史のなかでは、坂本龍馬などもそうだろうけれど、
そういうちょとした薬味の効いた人が登場してくる。
世の中にそういう人が増えてくるとしたら、
もうすでにこの地上世界の存在が
その役目を終えてきた印なのかもしれないので、
そういう人の少ない現実を見れば、
まだまだこうしたどろどろとした世界は続いていくのだろうなと
やれやれという気持ちになってきたりもする。
 
ともあれ、白洲次郎である。
その最期のシンプルでプリンシプルのある言葉がやはり象徴的である。
 
	葬式不要 戒名不要
 
みんながこういう言葉で生を終えることができるならば
どんなにいいだろうか。
しかしこの言葉はきわめてあたりまえなのだ。
そのあたりまえができないところに
「プリンシプルのない日本」が現にあるのだといえる。
 
 

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