風のブックマーク2004
「思想」編

 

大塚英志『物語消滅論』


2004.11.6

●大塚英志『物語消滅論』
 ーーキャラクター化する「私」、イデオロギー化する「物語」
 (角川oneテーマ21 C-83/2004.1.10発行)
 
今回の大塚英志の著書は、「語り下ろし」という形をとっているそうである。
たしかに読んでいてとても伝わりやすくなっているように感じた。
題名が「物語消滅論」というような
ちょっと大げさというかキャッチャーなものになっているけれど、
内容はぼくの理解では、2つの柱があるのではないかと思った。
というか、ぼくには2つの点が重要に感じた。
 
一つ目は、今やいわば近代的自我としての「私」をもたない若い層が出現していて、
その意味では、そういう人たちにとっては、「近代文学」をやり直すことが
必要なのではないかということ。
 
そもそも日本においては、西洋的な意味での自我は
導入されているとは言い難い側面があるのだけれど、
明治以降、夏目漱石しかり、であるように、
「ソフト」としての導入を苦労してしてきたところがあるのだけれど、
そのソフトとしての自我が意味を持ちにくくなってきていて、
そういう人たちがサブカルチャーやネットなどをしていくのは
さまざまな問題がでてくる。
そういう人たちは少し逆戻りをして、そうした近代的なありようを
身につけておく必要性があるのではないかということである。
 
もう一つは、今や「物語がイデオロギーを代行する状況」、
つまりかつてあったイデオロギーの時代が終演した後、迎えている、
たとえば昨今のアメリカのような西部劇風のブッシュ的ありようとか
日本のようなナショナリズムの依拠するような物語状況とかいうようななかで、
そういう物語の構造などをきちんと理解した上で、
その物語に対する批判力をもてるようにしなければならないということ。
 
人は物語を共有することで大衆として導引されてしまうところがあって、
そうした物語へのいわば意識魂的なあり方を持ち得ないと
その物語をどっぶり生きてしまうことになりかねないわけである。
やはりこれはまずい。
「日本」という物語によって自信を回復するというのも
それはそれで大切な部分もあるのかのしれないが、
その物語のもっている構造を理解していないと
物語から抜けられなくなってしまうのである。
かつては思想におけるイデオロギーがあったが、
今やそうした物語がイデオロギーになってしまうのだ。
この状況に対して批判的意識が必要なのではないかと思う。
 
さて、半ば余談だが、大塚英志はぼくとほぼ同世代なのだけれど、
本書のなかに、おもしろい世代意識が開陳されている。
ぼくは大塚英志のようないわゆるオタク的な部分は
そんなにないのではないかと思うのだけれど、
感じていることはよく似ていてびっくりすることがよくある。
 
	最近ぼくがよく言うのは、ぼくたちの年代、つまり、1950年代末から
	60年前後生まれの世代にはなぜ小説家がいないのかという問題なんです。
	保坂和志とか島田雅彦といったごく少数はいる。だけど「おたく」や新人
	類と言われたぼくたちの年代の大半は、批評家や社会学者や精神科医、つ
	まり総体的にいえば評論家になった。しかも、ぼくや大月隆寛は民俗学、
	宮台真司はシステム社会学、香山リカは精神医学だとしても、おそらくわ
	れわれ全体が持っているのは極めて社会批評的な視点です。しかも、批評
	や研究にどうしても留まれず、ついうっかり、社会参画してしまう。その
	結果というわけでもないのかもしれませんが、われわれの年代の多くは、
	選択肢として「文学」を書こうとは思わなかった。
	(…)
	自己表出するための「私」というものを立証していく文学を、どうもわれ
	われは必要としなかったというのが、実感としてある。たとえば『世界の
	中心で、愛をさけぶ』の片山恭一は、1959年生まれでぼくと全く同じ
	ですが、彼が自己表出のためにあれを書いたとは到底思えない。むしろ小
	説を書ける一定のスキルを持っていて、生き残っていこうとした結果とし
	て徹底的に洗練された物語を管理する創作能力を使って、最終的にブロッ
	クバスター的なヒットをとった。あの小説は、彼が投影する何ものもない
	空洞だから、逆に人が何かを投影したんだろうなとしかぼくは思えないの
	です。
	(P89-90)
 
たしかに、ぼくにしても「私」を表現し、表出したいというのはまずない。
しかしたとえば広告表現のように、ある種のスキルを行使して、
自分ではない主体を使ってさまざまな表現をすることはできないこともない。
というのがある。
 
もちろん、「私」を表現し、表出したいという人もいるわけで、
そういう人との違いというのは、ちょっとおもしろい視点かもしれないなと思う。
 
 

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