風のブックマーク2004
「思想」編

 

仲正昌樹『お金に「正しさ」はあるのか』


2004.11.4

■仲正昌樹『お金に「正しさ」はあるのか』
 (ちくま新書500/2004.10.10)
 
「お金」について考えるのはとてもむずかしい。
ともすれば、お金がすべてだということになるか
その逆にお金を否定してかかるという二項対立状態になってしまう。
 
おもしろいことに、お金がすべてだと思いたい人には
その逆のお金では買えないものへの執着が生まれ、
お金を否定してかかりがちな人には、
自分が否定すればするほどに否応なく
お金に取り込まれてしまうことになる。
お金否定のプロパガンダも「売り」になってしまうわけである。
 
たとえば本書の「プロローグ」のところにはこういう箇所がある。
 
	 近年、新自由主義的な「グローバリゼーション」という形で蔓延して
	いる「貨幣」の暴力に対抗する国際的市民運動を立ち上げねばならない、
	と叫ぶ人が増えているが、そうした運動を立ち上げようとすれば、かな
	りの「資金」が必要である。しかも運動に従事するには、金銭的余裕が
	必要である。どこかで儲けて、余剰価値を蓄えておかねばならない。さ
	らに言えば、グローバリゼーションが経済的不均衡を拡張しているとい
	う議論を説得力のあるものにするには、どうしても「貨幣」を尺度とし
	て、本来まったく異なった文化的・歴史的背景を持っている人びとの生
	活を「比較」せざるを得ないので、ある意味で、悪しきグローバリゼー	ション化の上塗りをすることになる。
	(P019)
 
本書のタイトルに『お金に「正しさ」はあるのか』とあるが、
著者は、お金が正しいとか正しくないといっているのではない。
他の著書もそうだけれど、二項対立的な議論のどちらかに
軍配をあげようとするような、そうした議論はなされない。
もちろん、どちらでもないのだ!と開き直っているのでもない。
 
仲正昌樹という人の興味深いのは、
現在ある矛盾そのものに向き合うことの必要性が
その議論の前提としてでてくることだという気がしている。
だから決してなにかの旗振り役にはならないでいるわけである。
しかも決して冷たい論じ方がなされているわけではなく、
読んでいてけっこう熱いところを感じたりもする。
 
ここ数ヶ月とくに、いつもこの仲正昌樹の著書を読んでいたりるすが、
これまでいわゆる「現代思想」関係のものを読んで
ある種のフラストレーションがたまってくるなかで
もっとも説得力のあるのがぼくには仲正昌樹である。
 
それは、決してきれい事をいうわけでもなく、
かといって現実主義のなかで走ってしまうわけでもなく、
先に述べたように、現実の矛盾から目をそらそうとしないで、
しかもそれが安易に解決できるようなポーズもとらないでいるところである。
 
まずしっかり目を開いて、
複雑きまわりない世界を見ることのできる視点を
きっちりと持つために、この仲正昌樹はけっこう役に立ちそうである。
 
ちなみに、この仲正昌樹の修士論文は、
『モデルネの葛藤/ドイツ・ロマン派の<花粉>からデリダの<散種>へ』
(お茶の水書房)であり、ノヴァーリスあたりが出発点であるように
ぼくにもとても近しいあたりが基礎になっているようで
その点でもぼくには納得しやすいスタンスだということなのかもしれないが。
 
 

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