風のブックマーク2


 山本七平+加瀬英明『イスラムの読み方』


2005.10.6.

■山本七平+加瀬英明『イスラムの読み方/なぜ、欧米・日本と折りあえないのか』
 (祥伝社/平成17年9月10日発行)

このところこれまで刊行されてこなかったり、再刊されずにいた
アメリカや中国などに関する山本七平さんの著書などが相次いででている。
そして今回は「イスラム」についてである。
本書は、昭和54年に『イスラムの発想』(徳間書店)として刊行されたものを
再編集し、加瀬英明による書き下ろしを最終章として加えたもの。

なぜ今、山本七平なのか。
といえば、おきまりの言い方になるが、
これだけ時代が煮詰まってきていて、
行く先が見えないときにこそ、
山本七平さんの視点が光ってくるのだろう。
ぼくにとっても、日本の最近の思想家のなかでは
迷いなくナンバーワンの位置を占め続けている。
わかりやすくいえば、誰よりもその言葉が信頼に足る。

キリスト教徒であった山本七平さんは、
根っ子の同じユダヤ、イスラムにももちろん詳しい。
そしていわゆる「日本教」についても、
ふつうの日本人が自己撞着的に癒着状態でしか語れないものを
逆照射するように語っていて、それがぼくには常に新鮮に映る。
おそらく山本七平さんは、日本においてキリスト教徒であることを
もっとも効果的に体現した方なのではないだろうか。

さて、現代においてもっとも混迷を深めているイスラムである。
もちろんその合わせ鏡のようなアメリカの錯誤は言うまでもないが、
イスラムの原理主義的な逆行が今後どうなっていくのか見えてこない。
日本の原理主義的な逆行もかなり怖いところがあるが、
イスラムのそれはそれとはちょっと比較にならないだろう。
そのわからなさを知るために本書は格好の視点を提供してくれる。
もちろん解決の糸口が提示されているわけではないのだが、
少なくともこうして日本でのほほんとしているぼくのような者には
ほうっておけば錯誤するしかないところをきちんと正してくれる働きがある。

イスラムについてはぼくはわりと親近感もあるのだが、
それは井筒俊彦さんの影響が大きい。
イスラムの思想についても、原理主義的でないところでは、
歴史的にかなりおもしろい部分がある。

それはともかく、本書を読んで思ったのは、
結局のところ、イスラム問題のような原理主義的な方向の解決には、
(別の側面では破壊的な側面にもなってしまうところがあるのだけれど)
「世俗化」という流れが結局は重要になってくるだろうということだ。

今回、加瀬英明が書き添えた第6章の最後のところにこうある。

   ユダヤ人はヨーロッパで自由の精神が風靡した啓蒙の時代に入って、
  はじめてゲットーから解放された。ユダヤ人にとって、世俗的な環境の
  一員となるまで、根強い抵抗があった。ゲットーでは自分たちだけの殻
  に閉じこもっていた。それまでは戒律の人であるから、戒律によって定
  められた下着をつけ、髭をそらず、かならず帽り物を頭にのせていた。
  だが、ユダヤ人は旧守派を除いて、しだいに世俗化した。
   イスラムも世俗化することに抵抗しているが、近代科学による医療や、
  交通手段や、軍事技術を取り入れることを、拒んではいない。西洋化と
  近代化とが同義語ではないことは、日本や、韓国をはじめとする多くの
  国が証している。
   イスラムの場合には、第一次大戦後に、オスマン・トルコ帝国が瓦解
  しいて、ヨーロッパ諸国の統治のもとに置かれるようになってから、西
  洋とじかに接するようになった。イスラムはユダヤ人社会よりも百年以
  上も遅れて、西洋が中心となっている国際社会に参入したのだった。
 (P.307-308)

「世俗化」ということは、文化の破壊と裏表であり、
頑なな教条を否応なくときほぐしてくれるものでもあるが、
そこに真に流れているなにものかをも
同時に風化させてしまうことにもなりかねない。

そうした「世俗化」というのは、あらゆる現象についていえることで、
ある意味で、科学技術の進展というのも、
たとえば携帯電話の急激な普及のように、
市場規模の拡大にともなって進んでくるところがあって、
結局は「売れてなんぼ」の世界のなかで、
「わかりやすさ」「つかいやすさ」等々へ向かっていく。
それは同時に、じっくり考えたり深めたりという方向をスポイルしてしまう。
むずかしいところだ。

孤高を守るでなく、俗に媚びるでなく、というのが基本だが、
はたして、世界はこれからどうなっていくのだろうか。
実際、激しく面白い時代が現代なのかもしれない。

できれば、ぼくも山本七平さんのような視点を少しはまねっこしながら、
さまざまなあり方の根底にあるものを見据えられるようでありたいものだ。
少なくとも山本七平さんのもっていなかったであろう
神秘学的な視点をも加えることができることを強みに。

 

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