風のブックマーク2

中村征夫『海中2万7000時間の旅』


2006.10.5

 

■中村征夫『海中2万7000時間の旅』(講談社/2006.8.4.発行)

中村征夫はいう。
「海に潜っていつも驚かされるのが、
海中住人たちのデザイン力である。
これはもう脱帽するしかない。」

高次の創造する知性がつくった自然の造形力は、
人間の知性など及びのつかない力に満ちている。
だから、人間関係のややこしさや
世の中のわけのわからない稚拙さにうんざりすると、
海とその生き物たちの世界にどっぷりつかってみるのがいい。

とはいうものの、人間はあまりにも愚かで
わずかばかりの知性に驕ってしまうことが多く、
ますますみずからをあまりに貧しくしてしまうとはいえ、
あえてそうしてきたのだということを忘れてはならない。

これから人間は「ハートの思考」へ向かい、
現在のような知性のような不完全さからは
遠ざかっていこうとはするのだろうが、
だからといって現在のこの知性が不要だというのではない。
私たちが言葉を覚えるために、
その言葉を覚えたプロセスを忘却してしまっているように、
ハートの思考を生むためには、知性というプロセスの力が必要なのだ。
そして、高次の創造する知性をやがて身につけるようになるためにも、
こうした愚かにも見えるプロセスに飽きず取り組まなければならない。

しかし同じ愚かさを持たざるをえないとしても、
中村征夫の撮影したような海中の世界を
飽かず眺め感嘆することができるかどうかは大きいのではないかと思う。
それは、高次の創造する知性への畏怖を持ち得るかどうかということでもあり、
またいつか自分もそれに少しなりとも近づき得るかどうかという可能性でもある。

さて、この写真集は、水中写真家・中村征夫の40年を展観するもので、
すでに終わっているが2006年9月18日まで東京写真美術館で
本書と同名の写真展も同時に開催されていたそうだ。

以前から中村征夫の水中写真にはことあるごとに惹きつけられざるをえなかったが、
この写真集を書店で眺めているうちに、その世界に引き込まれてしまって
気がついたら購入していた。
しかも付録として、世界の7つの海で撮影された映像のDVDもついていて、
ちょっと言葉にならない素晴らしい世界が堪能できる。

しかしほんとうに海中の生物たちの色彩と形態、そしてその動きは素晴らしい。
この素晴らしさをなにがしか説明できるとしたら、
シュタイナーの動物進化論の視点くらいしかみあたらないだろう。
逆にいえば、シュタイナーのその視点をなにがしか持ち得ることで、
世界はそれだけ豊かな神秘性を創造的なかたちで持ち得るようになる、ということだ。
即物的に見た世界、自分の乏しい知性に驕った視点から見る世界は、あまりに貧しい。
だからこそ、理屈抜きで、最初に引いた言葉のように、
「脱帽」して、しばし「海中住人たちのデザイン力」に驚くことからはじめる のがいいだろう。
すべては驚きからはじまり、それをさまざまな問いに変えてゆくことで、
世界は創造的に展開する可能性を得るのだろうから。