風のブックマーク2

 西澤裕子『北斎 宇宙をデザインす』


2006.4.17

 

■西澤裕子『北斎 宇宙をデザインす/時を超え国を超えた画人』
 (農文協/2006.3.20.発行)

眼が育つにはずいぶん時間がかかる。
もちろん耳が育つのも同じことだが、
「富嶽三十六景」に心を奪われはじめた頃から、
ぼくのなかでの北斎は、特別な宇宙を形成しはじめたようだ。

その北斎の全貌というのは、容易にとらえることはできそうもなく、
北斎の作品を眼にするたびごとに、引きつけられ引きつけられしながら、
この引力はいったい何なのだろうと思いつつ、
そういえば、北斎の生涯を見据えた解説書などをまともに
読んだことがなかったのにあらためて驚いている。

つい先日、その北斎を「宇宙をデザインす」と位置づけている本書に出会い、
ようやく北斎という人のあるイメージがぼくのなかで
少しばかりまとまった像を形成することができたのではないかと思い、
その記念として、ブックマークしておこうという気になった。

著者は、ご本人の言葉でいえば「物書き」で、「絵師ではない」。
にもかかわらず、北斎の挑戦を受け立とうと思ったということである。
こんな挑戦。

「俺らが手に入れ自在にした大宇宙、小宇宙、いや人間の神髄を
文字、言葉の世界で普にしろよ。できるかな」

かつて著者には『HOKUSAI』(文藝春秋)という著書があるそうなので、
それを受けて、実際の北斎の宇宙をものしたかったということか。

ある意味、北斎はその作品だけを見ているだけで圧倒されてしまい、
その全貌がいったいいかなるものかとかまで行き着かないところがあるのだが、
本書がその挑戦になっているということだろう。

これまでぼくがあまり眼にする機会のなかった文様や北斎漫画、富嶽百景、肉 筆画などや
「定規やコンパスがあれば何でも描ける」という北斎の幾何学的発想・技術に加えて
妙見菩薩を仰ぐ北斗星信仰による占星術理解、ヨーロッパ的遠近法の習得など、
九十歳まで精力的な活動を続けた北斎の活動の全貌を含み、
そしてたどり着いた境地は・・・、と興味は尽きず、
時間を忘れるような体験は、やはり北斎がテーマの故か。

著者の出した結論は、「渦」である。

そうだ、北斎が求めていたのはこれだったのだ。
「渦」ーー渦は点から始まって次第に大きくなりながら立ち上り、や がて止まる。
だが、そのまま消えることはあり得ない。再び円を描きながら小さく なってもと
に戻り、点となる。また、立ち上る。永遠のこの動きは繰り返され、 途絶えるこ
とはない。
・・・
つまるところ無意識のうちから、北斎の中に流れ続け、幾何学よりも はっきりと
解明、納得、手に入れることができたのは、円を立体とした「渦」と いう手法で
あり、それによって北斎は全宇宙を己のものとすることが可能となっ たのである。

これだけを読むと、ああそうかで終わってしまいかねないが、
これを北斎のあらゆる作品の原動力に見出していく
<北斎「渦」によって「宇宙をデザインす」>とでもいえる視点は面白いと思う。

そして、あらためて北斎の先品を見直していくうちに
またあらたに眼を開かされていく不思議。