風のブックマーク2

 津田優『瞑想テクネーの書』


2006.1.6.

 

■津田優『瞑想テクネーの書』
 (ネコ・パブリッシング 2005.12.15.発行)

「テクネー」というギリシャ語は、テクノロジーの語源だが、
ここでは、その「テクネー」と「テクノロジー」が対比的に使われている。
「技術」には二つの方向があって、
「テクノロジー」は自然を征服する技術であるのに対し、
「テクネー」というのは、「できる」と「わかる」が一致する身体観に基づいて
身体知と技術知の融合した、「コツに関する技術」であるという。
また、大きくわけると「テクノロジー」は「ひろがりの技術(効果)」、
「テクネー」は「深まりの技術(訓練)」であるということもできる。

「テクネー」には、武道やスポーツなどのように
高い専門性と技術性を必要とする「特殊テクネー」と
だれにでもm個々の人格において達成可能な「普遍テクネー」があって、
本書のテーマである「瞑想テクネー」では、
その「普遍テクネー」としての「瞑想」をテーマとしている。
といっても、本書では、その瞑想の技法というのではなく、
その基本的な観点が紹介されている。

では、その「普遍テクネー」としての「瞑想」が開く地平は
いったいどのようなものなのだろうか。
それを説明するにあたって、著者は、
現実を「必然性ー偶然性ー可能性」という三つの様相で捉えながら論を進めている。
それを「過去ー現在ー未来」、「諦める(明らめる)ー任せるー努める」、
「静寂・諦観ー驚き・感謝ー期待・不安」、「法則ー他力ー自力」
というふうにも説明している。

そして、「瞑想テクネー」として重要なのは、
そのうち「偶然性」「現在」「任せる」「驚き・感謝」「他力」だという。
偶然性だというのは、いわば因果関係を超えているということでもあり、
つまり時間軸を超えた「永遠の現在」に通底しているというのである。

しかし、その偶然性には、「偶発型」と「熟成型」があって、
いわゆるギャンブルでの「ツキ」のような偶然が「偶発型」であるのに対して、
「熟成型」は、人間の人格と運命にかかわっているもので、これこそが重要だという。
そして、「宿命」的な発送を超えた「立命」をこそ可能にする。

ここに偶然というエネルギーの恩寵がある。「図らずも」「思いもかけない」
かたちで、「ひょっこり」生まれるのが偶然である。しかも、とことん「い
ま」「ここ」の遭遇であり出会いである。人格効果というコツは、ないより
も一人ひとりの「エネルギーの内包量」が高まることだった。ただし、ツキ、
フロック、僥倖といった一時的なめぐりあわせではなく、生涯にわたって熟
成する偶然がエネルギーによる人格効果なのである。

・・・とまあ、比較的分厚く、さまざまな例を引き合いにだしながら
論じられている内容をごくごく図式的に駆け足でご紹介してみたが、
そうした人格効果を引き出すための「テクネー」の基本的観点が
かなり面白く紹介されていて、さまざまなことに応用がきくことと、
変なテクノロジーやそれの裏返しでもある呪術的な占いやら祈願やらに
たぶらかされないための基本がおさえられているのもあって、
簡単にご紹介してみることにした次第。