丸谷才一『思考のレッスン』


2002.12.10

■丸谷才一『思考のレッスン』
 (文春文庫/2002.10.10)
 
先日来のぼくの一人エポック授業は「丸谷才一」。
これまで「丸谷才一」を読む気になれなかったのは、
ただただぼくの勝手な偏見にほかならなかったらしい。
現代の日本でなにがしかを書いたり考えたりするときに、
この人の書いたもの、語られたことは
けっこうな宝物だということがようやくわかった。
収穫である。
 
で、丸谷才一のいわば発想法がぎゅっとつまっているらしいのが
この『思考のレッスン』らしいので、読んでみた。
とても読みやすいのに、内容がぎゅっと濃縮されている。
しかも共感できるところが
ところどころに結晶のようにちりばめられている。
 
レッスンは6回分。
「思考の型の形成史」からはじまって、
「私の考え方を励ましてくれた三人」、「思考の準備」ときて、
「本を読むコツ」、「考えるコツ」、「書き方のコツ」という構成。
 
読み終えて(レッスンを終えて)の感想。
あたりまえのことだけど、ぼくには基礎訓練が圧倒的に欠けているし、
学ばなければならないことが、ここに書かれてあることだけでもたくさんある。
素直に反省して、これからはもう少しちゃんとした文章になるよう、
少しずつ訓練していこうと思った次第。
ネットをはじめてこうしてなにかを書きはじめ、
それを「文章のお稽古」というふうに自分で名づけてきたのだけれど、
これで具体的な形で意識できる「お稽古」の
ガイドのひとつを持つことができたことになる。
 
ところで、共感できたことなどいくつか。
 
まず、「考えるコツ」から。
 
         この詩情、詩的感覚が、ものを考えるときに大切だと僕は思う。えて
        して人は、「思考」というと、なんだかぎくしゃくして、堅苦しくて、
        大真面目で、窮屈なものだと思いがちです。論理学の教科書なんか連想
        したりしてね(笑)。しかし、詩と論理とは不思議な形で一致する。と
        いうよりも、詩と論理が互いに排斥しあうものだというのは昔気質な思
        い込みで、新しい詩学では論理を尊ぶ。
         人間がものを考えるときには、詩が付きまとう。ユーモア、アイロニ
        ー、軽み、あるいはさらに極端に言えば、滑稽感さえ付きまとう。そう
        いう風情を見落としてしまったとき、人間の考え方は堅苦しく重苦しく
        なって、運動神経の楽しさを失い、ぎこちなくなるんですね。
         つまり遊び心がなくちゃいけない。でも、これは当たり前ですよね。
        人間にとっての最高の遊びは、ものを考えることなんですから。
        (P219)
 
「人間にとっての最高の遊びは、ものを考えること」というのは
我が意を得たり、という感じでうれしくなる。
「神秘学遊戯団」の「遊戯」も、
そういうポエジーの思考のことでもあるのだから。
 
同じく、「考えるコツ」から。
 
        考える上でまず大事なのは、問いかけです。つまり、いかに「良い問」
        を立てるかということ。ほら、「良い問は良い答えにまさる」という
        言葉だってあるでしょう。もちろんずいぶん誇張した言い方だけれど
        も、たしかに問の立て方は大事ですね。
        では「良い問」はどうすれば得られるのか?それはかねがね持ってい
        る「不思議だなあ」という気持ちから出た、かねがね思っている謎が
        大事なのです。
        「良い問」の条件の第一は、それは自分の発した謎だということです。
        (…)
        二番目に大切なのは、謎をいかにうまく育てるかということです。
        (…)
        一番大事なのは、謎を自分の心に銘記して、常になぜだろう、どうし
        てだろうと思い続ける。思い続けて謎を明確化、意識化することです。
        そのためには、自分のなかに他者を作って、そのもう一人の自分に謎
        を突きつけて行く必要があります。
        (P180-181)
 
この「自分のなかに他者を作って、そのもう一人の自分に謎を突きつけて行く」
というのが自己意識でもあり、反省意識でもあるわけですよね。
それがないと、まず「問いかける」ということが常に五里霧中になってしまう。
おそらく「思考」というのを毛嫌いする向きというのは、
そうした自分に「問いかける」というのが苦手で、
いつも自分ではなくひとに問いかけようとするからなんでしょうね。
しかも「謎」も自分のなかで意識化できない。
 
長くなるので、最後に「書き方のコツ」から。
 
        だから、言うべきことをわれわれは持たなければならない。言うべきこ
        とを持てば、言葉が湧き、文章が生まれる。工夫と習練によっては、そ
        れが名文になるかもしれません。でも、名文にはならなくたっていい。
        とにかく内容のあることを書きましょう。
        そのためには、考えること。そう思うんですよ。
        (P269)
 
ぼくには果たして「言うべきこと」があるんだろうか。
やはりその原点のところをしっかりさせないと、
とんだ垂れ流しの文章になってしまいそうで、コワイですね。
ちゃんと「内容のあること」になっているかどうか。
猛省を促されそうです。
 
 

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