名嘉睦稔『ボクネン』


2002.8.14

 

■名嘉睦稔『ボクネン〜大自然の伝言(イアイ)を彫る』
 (サンマーク出版/2002.8.5発行)
 
島うたが注目されているのもそうだけれど、
ヴァーチャル・リアリティの跳梁している現代だからこそ、
大地から湧出してくるような生命の力を実感させてくれるものが
ますます欲せられるようになってきているようだ。
 
        描いても描いても描いた気がしない、というとおかしな話ですが、
        ぼくは日常のなかで、森や山、海、雲、太陽、植物、昆虫、鳥類、
        動物など、ありとあらゆる大自然の「生きる営み」が面白くてし
        かたないですから、そのすべてと感応して、生きている自分自身
        が反応している結果、絵をいただいているんですよね。だから、
        終わりがないのです。(P16)
 
本書は、沖縄の伊是名島生まれの木版画家、名嘉睦稔による語り下ろし。
その作品を目にしたのは、この本ではじめて。
そこから流れてくる現代的でありながら生命力に満ちた表現が
するりとぼくのなかのどこかに入り込んでバイブレーションを起こしたらしい。
「ボクネン」という音の響きにも親しみを感じた。
本書で語られている言葉もぼくのなかに自然にさわやかに力強く響いてくる。
 
名嘉睦稔は、1953年生まれ。
初めての木版画展を開催したのは1990年のこと。
本書でも語られているが、ここで紹介されているような木版画を彫る前は、
グラフィックデザインやシルクスクリーンをやっていて、
画家としてのスタートはかなり遅い。
そのいわば溜めとでもいうものが、
現在のような豊かな表現を生むことになったのかもしれない。
けっして何かをスポイルするのではないダイナミックな動きと色がそこには息づいている。
その表現手法は、木版裏彩色というものらしいが、
棟方志功も、柳宗悦から助言を受けてその手法で制作するようになったものらしい。
 
*HPにもたくさんの作品が掲載されているので、関心のおありの方はぜひご覧下さい。
http://www.bokunen.com
 
さて最後に、本書からとくに興味をひかれた
「補色はすばらしい」のところから少し。
 
         たとえば赤の色をずっと見ていて目をつぶった瞬間、そこに別の色がグンッと
        出てくる。緑色が鮮やかに出てくるでしょう。ぼくは色彩の理論を詳しくは知ら
        ないけれど、ハレーションを起こすような色同士が隣り合わせたとき、じつは色
        同士がどこかで反発しているんですよね。そうすると人間というのは感覚的に落
        ち着かないんですよ。
         ところがグラデーションみたいな同系の基本色が少しずつ階調をもって展開さ
        れているとき、そこには統一された色の支配による安定感があるので、必然的な
        調和が生まれます。ただ、ハレーションを起こすような組み合わせの場合は、見
        ているこちらまで妙に居心地が悪く感じてしまうものです。
         でもね、赤が赤然として強烈な赤、美しい赤、立派な赤だと主張するためには、
        緑色のような反対色が必要なんですね。その存在があってこそ初めて赤が際だつ
        のです。あらゆる色はそのように自分の色を際だたせるための反対色をもってい
        る。これが皮肉なことに対立する性質の色目だということになるのです。
        (…)
         ぼくはこの話をするといつも思うのですが、補色同士の色のあり方は、人間や
        生き物の関係性と非常によく似ているんです。(…)
         自然界の営みを見ても同じことがいえます。たとえばライオンは、その種だけ
        ではライオンたることができない。…たくさんの食物連鎖の関係性のなかにあっ
        てこそ初めていえることでしょう。
        (…)
         色にも感情があるんですよ。色彩が隣り合わせになったときに喚起される感情
        です。海のなかでウミウシやサンゴ、あるいはサンゴのなかに群れる魚たちを近
        距離で見てみると、配分された色がそれぞれに感情を表現しているんです。
         たとえば毒々しい色というのは、先ほどもいった対立する色の存在があって初
        めて感じることができる。真っ赤ななかに鮮やかな緑を入れると、人間というの
        はそれを毒っぽい色と見る。要するにこれは、ぼくたちが毒っぽい色だというふ
        うに記号的に読み取っているわけですが、海のなかで毒をもっている魚や貝やほ
        かの生物も自分を捕食しようとする相手に対して、信号として送っている配色な
        んです。        
        (P71-77)
 

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