風の本棚19

(1999.2.17-1999.4.27)


●竹内敏晴「教師のためのからだとことば考」

●池田晶子・陸田真志「死と生きる/獄中哲学対話」

●大貫隆 訳・著「グノーシスの神話」

●是枝裕和「小説 ワンダフルライフ」

●向山貴彦著・宮山香里絵「童話物語」

●高橋徹「13の暗号」

●山折哲雄「宗教の力」

●池田晶子「魂を考える」

●村上春樹「スプートニクの恋人」

●中村雄二郎「正念場」

 

 

 

竹内敏晴「教師のためのからだとことば考」


1999.2.17

 

■竹内敏晴「教師のためのからだとことば考」(ちくま学芸文庫/1999.1.12)

 

 からだはことばでもある。ことばはからだでもある。だから誰かに語りかけようと思ったら、からだが開かれてなければそのことばは相手にはとどかない。

 竹内敏晴はそうした視点から、「教師」について、「教師」のからだ、その「制度化」されたからだについて論じている。しかし、「教師」とは職業としての「教員」ではないという。

 教師とは公用語ではない。公式には教官であり教員である。教師、とは授業者に対するある尊敬と期待をこめた民間の用語なのだ。

 林竹二氏は、師とはファンクショナルな概念で、七十歳の老人が十歳の子どもを師とすることがあり得る、と言った。固定した地位や職業ではないでしょうという意見だった。(…)

 以来わたしは二つのことばを区別して用いる。この本のなかでも授業者を指すにほとんど「教員」を用いた。しかし本の題名は「教師のための……」とした。教師であるための……という願いをこめたつもりである。(P244)

 教師にかぎらず、ことばが相手に届くというのはとてもむずかしい。このことは竹内敏晴が再三に渡って紹介している「話しかけ」のレッスンの例を知るだけでもすぐにわかる。

 自分はいったいほんとうに相手に語りかけようと思っているのだろうか。ではいったい何を語りかけよう、伝えようと思っているのだろうか。そしてそれはほんとうに相手に伝わることばとなっているのだろうか。そのことに意識的になると、自分の使っていることばはたしかにからだそのものであるということがよくわかるようになる。

 大学の授業で自分の書いた論文でさえなく、ただ翻訳したものを読み上げて、それを生徒にただ書き写させるだけの授業を受けたことがある。それをコピーして生徒に渡し、それの解説をしたほうがまだしもなのだけれど、おそらくそれでは時間が持たないと思ったのか、それとも生徒との対話を恐れていたのか、ただただそういう授業を続けていた。

 その教官は、授業を受ける生徒に語りかけてはいない。しかしその教官を笑うことはできないかもしれない。たとえノートを読み上げるような態度ではないとしても、われわれが通常語っていることばにもそういうところがないだろうか。相手に語りかけることになってはいないことばのほうがずっと多いのではないだろうか。

 死んだことば。生きたことば。その違いのわからなくなっているような時代。政治家にせよマスコミにせよ、死んだことば以外のことばを聞く機会があるだろうか。広告のことばは「コピー」とよばれているが、その「コピー」ということばにも象徴されているように思う。複製技術時代の複製されたことば・ことば・ことば。それはからだとともに届けようとすることばではもはやない。たとえ届いたとしてもそこにはマーケティングの一環としての役割をもった仮面の言葉でしかないのだ。

 本書は、1982年刊行の「からだが語ることば」と1983年刊行の「ドラマとしての授業」(ともに、評論社)にその後発表されたものをいくつか併せて一冊にしたものだけれど、教師や授業にかかわらず、自分が語っていることばについて自問自答するためのさまざまな要素が詰め込まれている。

 最後に、本書のさいごにある本書のために書き下ろされた文章のなかから少し。

 ある日「からだとことばのレッスン」の呼びかけ」をやろうとして、人びとに説明するために場にたって、四、五人の聞き手を眺めた。ふと、この人に呼びかけようか、と感じたとたんに、はっと気づいた。なぜ「呼びかけ」たいと思ったのか?その人の、そこに座っているからだが、わたしに何かを語りかけているからだ。だからわたしは引かれた。「呼びかける」とは、実は、呼ばれたことに応えることなのだ、と。

 わたしが相手に働きかけるのは、根元的には、相手のからだが呼んでいるからそこへ行くのだ。自分から自分の境界を破って出てゆくという傲慢な要求を自分に強いることではない。出会うとはそういうことなのだ。(P241)

 この話を読んで、先日ご紹介した「十二感覚論」の「運動感覚」のところで、我々が動いているということの内にはあらかじめ「意図」「目的」があり、その「意図」「目的」のほうが我々のほうにやってくるということを思い出した。おそらくほんとうの「出会い」というのは、そして、わたしとあなたとが互いに「意図」「目的」を共有し共鳴し合うことなのではないか、そんなことを思った。もちろん表面的な「意図」「目的」というよりも、もっと深い深いところにある「意図」「目的」。その深いところから互いに呼びかけ合い応え合う。そういうことに対する感受性を磨いていくことで、いわばカルマ的な未来への展開の道もまた開けていくのではないだろうか。

 

 

池田晶子・陸田真志「死と生きる/獄中哲学対話」


1999.2.24

 

■池田晶子・陸田真志「死と生きる/獄中哲学対話」

 (新潮社/平成11年2月20日発行)

 

 陸田真志は、殺人犯として死刑判決を受けて、現在控訴中。その事件の概要は次の通り。 

陸田真志(1970年生まれ)は、1995年12月、当時勤務していたSMクラブ(東京・五反田)の経営者(当時32歳)と店長(同33歳)を、同僚二人と共謀して殺害した。凶器には手斧、ハンマー、バタフライナイフが使用され、二人の遺体は、茨城県鹿島港の海中にコンクリート詰めにして遺棄された。睦田氏は、東京地方裁判所にて強盗殺人、死体遺棄により1998年6月5日に死刑判決を受け、控訴した。

 「新潮45」に連載されている、この陸田真志と池田晶子の「獄中哲学対話」が単行本になった。その対話については、池田晶子「考える日々」(毎日新聞社)である程度その内容を知っていたのだけれど、その対話を実際に読んだのは、この単行本が初めてだった。

 この対話のきっかけになったのは、陸田真志から「新潮45」編集部の「ソクラテスシリーズ」読者係宛送られてきた拘置所からの手紙である。その手紙がきっかけで、池田晶子との「獄中哲学対話」が始まることになる。

「死を恐れず、下劣である事を恐れる」、それを知り、又、獣としか思えなかった私にも善を求める心がある自分自身を卑下する考えから解放されました。そして、死も神も孤独も権力も概念に過ぎない、そう知って、初めて何者も恐れず、何物にもとらわれない、真に自由な自分自身の魂を取り戻せた思いです(今、独房においても全くの自由を得ていると信じられます)。そして、その善が在る事。それを求める心が、自分にもあった。その事実にこそ、「神」が存在する、そう信じています。(P17)

 実際に、陸田真志からの「手紙」を読んでみないとなかなか伝わりがたいが、まさに、煩悩即菩提、しかも通常のイメージのような悔い改め的な宗教的回心ではなく、まさに哲学というか「考え抜く」こと、自らを見つめ尽くすことによって可能になった「回心」が池田晶子とのスリリングな対話のなかで語られてゆく。

 池田晶子もあとがきの最後に

ひとりの人間の「考える」という行為の可能性を、共に信じていただけるなら、嬉しい。

 と書いているように、ここにはまさに「考える」ということの可能性が現在進行形のかたちで続けられている。

 陸田真志は死刑判決を受け控訴をせずそれを受け容れようとするが、池田晶子の「「善く生きる」ということは、「善く死ぬ」ということではなく」、エエカッコをして死ぬのでもなく、可能な限り生きて人のために語れ、という説得に同意し、控訴をすることになり、対話は現在も続けられている。

 対話は、殺人犯と哲学者の対話というイメージではなく、哲学者同士のスリリングな往復書簡というイメージに近いが、池田晶子の腹の据わった態度と煩悩即菩提となった陸田真志との「息詰まる言葉の劇」となっている。こんな「言葉の劇」に出会うのは初めてのことであり、オウム真理教の事件や神戸の少年の事件などの頻発するなか、こうした可能性を見せてくれる真実のドラマがあるのだということに驚きとともに人間の可能性ということを信じさせてくれる。

 こうしてくどくどと説明してもなかなか伝わらないので、これはぜひ実際に目を通されることをおすすめしたい。こんな本にはなかなか出会えるものではないと思う。「悪」ゆえの可能性、悪人正機ということも、まさにここで目にすることができるのだから。「善人」にはここまでの切れ味はまず不可能だろうと思う。

 今、何は読まなくてもこの一冊!!

 

 

 

グノーシスの神話


1999.3.9

 

■大貫隆 訳・著「グノーシスの神話」

 (岩波書店/1999.1.27)

 

 岩波書店から全4冊の「ナグ・ハマディ文書」(I 救済神話 II 福音書III 説教書簡 IV 黙示録)が刊行され、昨年の9月に完結しましたが、本書は、「グノーシス」をテーマに、その「ナグ・ハマディ文書」をはじめマンダ教、マニ教に関するエッセンスを一冊にまとめた画期的なもので、これでようやく日本語でグノーシスが外観できるようになりました。

 内容(目次)は以下の通り。

I グノーシス主義とは何か

  一 グノーシス主義の世界観と救済観

二 グノーシス主義の系譜学

II ナグ・ハマディ文書の神話

  一 世界と人間は何処から来たのか

  二 世界と人間は何処へ行くのか

  三 今をどう生きるか

III マンダ教の神話

  一 マンダ教について

  二 『ギンザー(財宝)』の神話

IV マニ教の神話

  一 マニ教について

  二 マニ教の神話

結び グノーシス主義と現代

 ぼくが最初にグノーシスを知ったのは、学生時代、朝日出版社から刊行されていた「エピステーメー」という雑誌に連載されていた荒井献・柴田有訳の『ヘルメス文書』でしたが、その頃にはあまり関心をもってはいませんでした。その後、荒井献の「トマス福音書」あたりから少しずつ興味を持つようになりましたが、そんなに資料もなかったのもあり、実際にいろいろ調べてみようと思ったのはシュタイナーがマニ教にふれている講義を読んでからのことになります。しかし、その「マニ」及び「マニ教」についての資料はごく限られたものでしかありませんでした。

 そして、実際に本書のようなかたちでマニ教がまとまったかたちで紹介されたのは初めてのことだと思います。また、III 章でとりあえられている「マンダ教」についてもほとんどこれまで紹介されたことはないのではないでしょうか。「マニ教」は12世紀頃に消滅してしまいますが、この「マンダ教」は、現在もメソポタミアに細々と残っているということです。ぼくもこの「マンダ教」については本書を読むまでその内容をほとんど知らずにいました。

 本書は、I章からIV 章まででグノーシスに関する基本的な観点が外観できるという資料的な重要性はもちろんのこと、さらに注目すべきなのは、特に結びの「グノーシス主義と現代」で、グノーシス主義が現代に与えている影響についての考察とその限界を見据えた上でそれを超えていこうとする視点の提示だと思われます。もちろん、その視点は精神科学的な観点からすれば、いまひとつ不十分であるところは否めませんが、こうしたコンパクトな紹介書・研究書でここまでの内容が盛り込まれているものは、なかなかないのではないでしょうか。

 

 

 

是枝裕和「小説 ワンダフルライフ」


1999.3.22

 

■是枝裕和「小説 ワンダフルライフ」

 (ハヤカワ文庫/1999.3.31発行)

 

 この4月から全国ロードショーが開始する映画「ワンダフルライフ」を監督の是枝裕和自身が書き下ろした小説です。この本を手に取るまでまったく知らなかったのですけど、この映画はフランスのナント三大映画祭グランプリ受賞をはじめ各国でさまざまな受賞をしている映画のようです。作者のあとがきにもあるように、この「小説ワンダフルライフ」は「同名の映画が基になってはいますが、単に映像を文字に置きかえたもの」でも「脚本に肉づけをし、ふくらませたものでも」なく、「この小説をそれ自体独立した作品として読んでいただければ」ということなのですけど、やはりとても映像的な作品だと思いました。

 本書は、「天国に辿りつくまでの七日間という実在しない空間と時間」を描いているもので、人が死ぬと、自分の人生の中からいちばん大切な思い出をひとつだけ選ぶように言われ、その選んだ思い出だけを携え、それ以外の記憶はすべてなくなり、天国へ行くのだという設定になっています。その思い出選びを手伝い、それを映像として再現する仕事をしている人たちとその思い出選びの作業をする人たちの物語が展開されていきます。

 「ワンダフルライフ」を制作するにあたり、スタッフたちが、老人ホームやとげぬき地蔵などを訪ね、「思い出をひとつ選ぶとしたら?」という街頭インタビューを行ったということで、おそらくこの作品の随所にそれが生かされているのだろうと思いました。もちろん作品には高齢の方だけが登場するのではなく、幅広い年齢層の方々が登場し、それぞれの「思い出」を探していきます。

 さて、この小説を読みながらずっと自問し続けざるをえなかったのは、やはり自分が「思い出をひとつ選ぶとしたら?」ということでした。これは、本書を読まれる方のだれしもが自問せざるをえなくなるだろうと思います。

 「ひとつだけ」というのが重要なことで、記憶をさかのぼれるところまでさかのぼり、そこから今までの印象的な思い出の中から「ひとつだけ」選ぶというのは、なかなか大変なことではないかと思います。ぼくの場合は、なぜかすぐにこれというのを思いつくことができたのですけど、もちろんそれはナイショです。

 もちろん本書は神秘学的な死後のプロセスを描いたものではありませんし、ここでいわれる「天国」というのもけっこうあやふやなのですけど^^;、そういうことは別として、とても良くできたファンタジーだと思います。このところ、いくつかファンタジー的なものを読んでみたのですけど、むしろ本書のほうがファンタジーを銘打ってはいないものの、とても印象的ですぐれた作品だと感じましたので、ご紹介させていただくことにしました。

 ぜひ、本書を読む読まないは別として、自分が今死んだとして、今までの人生の思い出の中から「ひとつだけ」選ぶとしたら・・・ということを自問されてみることをおすすめします。

 

 

 

向山貴彦著・宮山香里絵「童話物語」


1999.4.4

 

■向山貴彦著・宮山香里絵「童話物語」

 (幻冬舎/1999.4.10発行)

 

 「超大型新人衝撃デビュー!」「M.エンデ+J.クロウリー+宮崎駿を連想させる圧倒的な筆力!!」「待ちに待ったハイ・ファンタジーの誕生」こういう紹介の仕方がされてもいましたし、「童話物語」という、いかにも、という感じもあったので、ぼくの天の邪鬼な性格上、ほとんど期待しないで読み始めたのですけど(^.^;、400字詰め原稿用紙1287枚、ページ数で五百数十頁があっという間に過ぎてしまったように覚えるほど、とても面白く読めてしまいました。まったく独創的といえるものとはいえないのでしょうけど、確かに、いい意味で「M.エンデ+J.クロウリー+宮崎駿を連想させる」とてもすぐれた作品になっているように思います。

 「向山貴彦著・宮山香里絵」というふうに、「著」と「絵」になっていますが、この作品は向山貴彦氏のチームであるフリーのクリエーター集団、スタジオ・エトセトラによって1997年、その原型が自主制作されたもので、本書のなかには、物語の舞台となっている「クローシャ大陸」の地図やそこにある町の地図、キャラクターや物語のシーンなどのイラストなども豊富に盛り込まれています。文体にしても、それが多数のイラストなどといっしょになって、読みながらそのまま宮崎駿のアニメを見ている気になるようなそんな視覚的な力をもっているように思います。

 こうした本の制作コンセプトや表現の在り方というのは、これからけっこう流行ってくるかもしれないという気もします。もっとも、多くのマンガのように盛り込まれている内容のクオリティをある一定レベル以上に保つというのは難しいかもしれません。M.エンデにしても、ある水準を保っている作品はほんの数作品だけでしょうし、宮崎駿にしても、水準以上のものはわずかでしょうから。

 さて、ストーリーを具体的にご紹介するのは、これから読まれる方の妨げになるかもしれませんので避けますが、本書での重要なテーマである「悪」の問題や「時間」の問題は永遠の世界からやってきた妖精フィッツが、「限りある世界」である人間の世界と関わりながら、その「限りある世界」に意味を見出してゆくことや、人目や外的な規制や法律などが無効になり、人が自分の心のなかにあるものをそのまま表現するようになったときにいったいこの世界はどうなるのかというようなことのなかに、シュタイナーの精神科学と通ずるものを見ることができるように思います。

 最後に、本書の紹介をかねて、印象的だった妖精フィッツの言葉を少し。

「確かに人間はひどいことも、愚かなこともするけれど、でも、ぼくらの世界と違って、ここでは誰もが変わることができるんだ」(…)

「変われるてことはいつだって可能性があるってことなんだ。変われるってことは今日がだめでも、明日はうまくいくかもしれないってことなんだ。変われるってことは絶対にあきらめるなってことなんだ!」

 

 

 

高橋徹「13の暗号」


1999.4.14

 

■高橋徹「13の暗号」(VOICE/1999.2.15)

 

 13日の金曜日・・・というと、映画のタイトルにもなっているように一般的には(なぜかキリスト教国でないこの日本でも)なんだか不吉なイメージでとらえられていることが多いように思います。

 なぜ13日の金曜日が不吉だとされているのかといえば、キリストが磔刑にあったからだとされているのだけれど、キリスト教化される前の西洋の社会では、「13」という数字はむしろ「大幸運」の象徴だったのだそうです。「13の数字にまつわる迷信」は「キリスト教会から誕生した」のだけれど、それはむしろ仕組まれ「封印された」というのが著者の視点です。

 著者は、「13の月の暦」という一年を13ヶ月(1ヶ月は28日)あるものとした暦、「マヤンカレンダー」という暦に注目し続けている方ですが、実はぼくも、以前、そこには何かが秘められているという気がして、それをテーマに開かれているといえるNIFTYSERVEの会議室でその日めくり役を2年間ほどほとんど毎日やっていたことがあります。その内容については、著者の「マヤン・カレンダー」「銀河文化の創造」「「新しい時間」の発見」といった著書・編訳書をご参照いただくとして、本書には、その「13」という数にまつわる「エピソードや論考」をまとめて紹介されてあります。どういう内容が紹介されてあるのかということを少し見ていただくために、その主な目次をご紹介させていただくことにします。 

第1部 物語をひもとくーー神話・伝説にみる13の数字

第1章 船と風

第2章 13に暗示される人間の生き方

第3章 王の死と13の数字

第4章 運命の転換劇

第5章 グリム童話と13の数字

第6章 SF作品と13の数字

 

第2部 亀と竹ーー動植物にみる13の数字

第1章 亀と13の数字

第2章 竹と「13」の数字

第3章 「3+13」のソマチッド・サイクル

 

第3部 はじまりと終わりーー暦の中の13の数字

第1章 月の運動と13の数字

第2章 28日サイクルと女人の国

第3章 13か月および13の魔法

第4章 キリスト教会とローマ帝国

第5章 サイクル論としての「13」で歴史をみる

 

第4部 預言の贈り物ーー秘教的な伝統にみる13の数字

第1章 ゾクチェンの教えと13の数字

第2章 預言と、宗教の統一

第3章 秘教と13の数字

第4章 カバラと塩の秘密

第5章 魔術、そして13の球体

 数字といっても、一見たかが数字というふうにも思われがちですし、多くは確かにただの迷信にすぎないものだともいえるところがあるのですけど、この13に限らず、「数秘術」にもみられるように、数には根源的な意味がそこに秘されているということもいえますし、実際、ある意味では世界は「数」によって成り立っているのだともいえます。

 著者は、「13」という数の象徴、そしてそこに封印されているものを読み解き、意識化し、それを生きることが、私たちには必要なのだといっています。そのヒントが本書には数多く隠されているようにも思います。

 最後に、本書から重要なところを少し。

  本書を執筆中、筆者が学んだことは、13の数字が、何かを「意識する」という人間の「気づき」に深い関わりがあることだった。(…)

 自分の状況に気づくこと、言い換えれば自分が同一化(アイデンティファイ)している物事に集中していながらも、その集中している状況そのものに気づくこと、これが13の数字の働きに深く関わる。なぜなら、気づくことで、その特定のサイクルに「はまっている」ことを知り、そこから抜け出すチャンスも巡ってくるからである。(…)

 13の数字の機能は、ちょうど光源のように、私たちのリアリティにスポットライトを当てる。その光源や光のあたる対象もまた移動する。光は、たとえば本という対象に、そしてその次にはその本を読んでいる自分の心の方向へ動く。このように移動する意識の相関的な働きは、意識の「フォーカスの移動」という言葉で説明できるだろう。

 13の数字は、私たちの意識が特定の対象にフォーカスし続けている状態(すなわち集中している状態)はもちろん、そのフォーカスの移動に対しても目を覚まして、それを監督しているようにも思われる。(…)私たちは、日々、現実という舞台を生きることにより、自分の意識のフォーカスを変更する。この変更が無意識に行われるのではなく、意識的に行われること。それが13の数字を自分が持つ、ということではないだろうか。(P276-278)

 このことからすると、13は意識魂と深く関係している数字のようです。何かを意識的に見るということは、自分の偏向にも気づくということですので、自分をごまかすことができなくなるという意味では、けっこうつらいことですが、そのことは真の意味での自己変革の契機にもなるといえます。そういう視点で、本書に盛られている13という暗号に迫ってみるということは、まさに世紀末の今において、とても重要なことなのではないかと思います。

  

 

 

山折哲雄「宗教の力」


1999.4.17

 

■山折哲雄「宗教の力/日本人の心はどこへ行くのか」

 (PHP選書/1999.3.8)

 

 山折哲雄さんの言葉を読んでいるととてもやさしい気持ちになります。そしてある意味で「日本人の心」の真摯な代弁者ともいえるようにも思います。その代弁者というのは、そのなかに警鐘をも含んだもので、それが極論にならない非常にバランスのとれた認識で貫かれながら、その語り口とは裏腹なとても切実で厳しい批判さえなされています。本書でも、そのうえで、「日本人の心」の行く末をさまざまな角度から展望しようとしているように思います。

 本書は講演録をもとに書かれたもので、「日本人の「心」の原型」、「自然への信仰」「生と死を問う」という三つの部分から構成されているのですが、その最初の「日本人の「心」の原型」においても、現代の「日本人の宗教」の典型として、山折哲雄さんは次のようなとても的確な指摘をしています。 

日本人の宗教とはいったい何なのでしょうか。簡単に結論だけをいってしまうと、日本人は「宗教嫌いのお墓好き」「信仰嫌いの遺骨好き」ではないかと半ば自嘲気味に思うことがあります。(…)

平均的な日本人のすべてが、そもそもお墓と遺骨の問題に非常に強い関心を持っているのです。世界広しといえども、こんなに遺骨にこだわる民族は日本人だけかもしれません。これは不思議な現象です。(…)

ところがその一方で、こと「宗教」ということになると、多くの人が、胡散臭い目をして眺める傾向があります。(P22-23)

 どこかの対談集かなにかで読んだことがありますけど、山折哲雄さん自身、亡くなったら葬式もお墓もいらない、死体を焼いてその灰を自然のなかに・・・というようなことをいわれていたりもします。ぼくもほとんど山折哲雄さんと同じなのですけど、だからお墓と遺骨にこだわるのはいったいなぜなのかということをずっと疑問に思ってきました。仕事などで、霊園や仏壇、墓石屋さんの広告をつくったりもするのですけど、ブライダルの広告と同じくらい、なぜそういうことに対してあれだけの需要があるのかがどうしてもわかりませんでした。その需要は、もちろん認識の欠如等々からくるものではあるのですけど、だからこそいわば集合無意識的な形で無自覚ながらも強固に現れてくるそうした慣習がとても不気味でもあるのです。

 本書では、山折さんならでは仕方で日本人がなぜ「宗教嫌いのお墓好き」「信仰嫌いの遺骨好き」なのかについても、また日本特有の「たたり」という現象についても、アプローチされています。

 そういうアプローチは、神秘学的な観点があるわけではなく、あくまでもアカデミックな観点からなされるものなので、深く納得できるまでのものではないとしても、ふつう私たちが感じ、考えていくためのさまざまなガイドを提供してくれるように思います。そして、山折さんといっしょに旅をする感じで、本書を読みすすむのは得難い体験にもなるように思います。

 最後に、本書の第三部の「生と死を問う」のところの最後に臓器移植のことがふれられていて、それがとてもどきりとさせられたのでご紹介させていただきます。山折さんは、もちろん脳死を人の死だというような考え方には反対しています。

今日、議論されている脳死と臓器移植の問題は、他人を食べるという行為の一種の予行演習のように私の目には映るのです。理屈をつけていえば、他者の臓器を食べて生き残る行為を意味するからです。それに対して、もう一つの選択の道、自分を食べるという行為を文脈に移せば、安楽死、あるいは尊厳死という課題になるのではないかと思います。外からの栄養の補給を停止して、少しずつ自分自身を枯死の状態に近づけていく。それは「よりよき死を生きるための行為」だと私はとらえています。(P210)

 こうしたところにも、山折さんのおだやかな語り口のなかに、常に深みを見据えているような視線が常にあることがわかります。逆にいえば、それだけの示唆をこれだけのおだかやさのなかにしっかり包み込んでいるということにぼくはとてもうれしい驚きを感じてしまうのです。

 

 

 

池田晶子「魂を考える」


1999.4.18

 

■池田晶子「魂を考える」(法蔵館/1999.4.10)

 

 <魂>をめぐる論考。

 池田晶子が「考える」ことを通じて、現代ではほとんど語られなくなった<魂>について語り始めることになった。霊・魂・体の<魂>。その人がその人であるための<魂>というテーマ。

 キリスト教のドグマにより、霊・魂・体は、霊は教会の管理するものとなり、人間は魂と体だけを有するものとされ、唯物論の現代においては、もはや人間は体だけになってしまっていた。

 池田晶子はこれまである意味では<体>だけになってしまった人間に「私」という<霊>を「考える」ということを通じて再発見させようとしていたのだともいえないことはないが、本書では、<霊>と<体>をつなぐ<魂>へとその語りの射程を広げることになっている。これまでにもまして、とてもスリリングな語り。

 シュタイナーの精神科学からいえば、それは特に驚くべき射程でもないのだが、「考える」という、だれにでも可能性として開かれている営為からなされる池田晶子の語りは、それがきわめて「あたりまえ」のことであるがゆえにきわめて新鮮で深い熱を帯びたスリリングなものとなっている。

 さて、<魂>についてのものではないのだけれど、かなり興味深かったのが「読者からの手紙」。

 私はさておき、似たような人が、明らかに増えてきた。右に紹介したような性質の手紙が届くことが、以前よりも多くなったし、版元経由で届けられる簡便な読者カード、そこに記入された言葉が、やはり一律に、同質の「驚き」と「確信」を表明しているのである。

 年齢的には、やはり若い人たちが多いけれども、その若い人たちに共通しているのは、これまで哲学なるもののお勉強をしたことが全くないという、このことである。これは特記すべきことである。重ねて言えば、いわゆる「学歴」なるものにも無縁に、ごく普通に、むしろ静かに、暮らしているということである。

 ひたすらに考えている。

 そうした若い人が、社会の表層的な部分には現れず、うんと深いところで密かに胎動している。これは、愉快なことではないか。悦ばしいことではないか。むろん、こういう一握りは、どの時代にも一定の割合で居たということでは、常に居たのだが、この秘められたる「力」を侮るべきではない。存在と言語についての洞察の鋭さにおいて、彼らはひとりひとりが爆弾みたいなものだからである。

 ひとつだけ「困った」ことは、これらの爆弾たちは、「わかって」しまった以上、とくにそれを表現することもなく、そのまま普通に生きていってしまうということである。本当は、こういう彼らこそが、正当に言語表現を為す資格がある、むしろそれを為す「べき」であるというのに、社会の表層では相も変わらず騒々しい「なんじゃら批評」っだのかんじゃら理論」だのばかりが目につくものだから、馬鹿馬鹿しくて、関わる気も失せるのであろう。(P187-189)

 世の中、特にこの日本はいろんな意味で壊れつつあるし、世紀末だなあという感じもするのだけれど、実際その崩壊の一方の極では、見えないところもふくめて、確実にこうした「爆弾たち」が増えてきつつあるという実感がぼくにもある。

 というか、このぼくにしても、決して「わかって」しまってはいないのだけれど、「なんじゃら批評」やら「かんじゃら理論」というような、現在のアカデミズムやマスコミ的な在り方のばかばかしさにあきれてあまりなにかを発言したいという気にはならなかったものの、シュタイナーの精神科学による刺激をうけたせいか、こうしていわば社会の表層ではないところではあるけれども、なんらかの「言語表現」への衝動を持つようになったし、できれば、そうした「爆弾たち」とのネットワークができればいいなとそう思うようになっている。

 社会の表層は、あまりにも「馬鹿馬鹿しくて、関わる気も失せ」、それは崩壊しつづけていてあるところまできたなという感じもあるのだけれど、多くの人には気づかれていないところで、「自分で考える」人たちがでてきているように、心強く思っているし、池田晶子のがんばりというのもそうした背景のトピックでもあるように思う。

 今後ますます注目の池田晶子である。

 

 

村上春樹「スプートニクの恋人」


1999.4.25

 

■村上春樹「スプートニクの恋人」(講談社/1999.4.20)

 

 村上春樹の新刊。「ノルウェーの森」と「ねじまき鳥クロニクル」を意図的に半ばぎこちなく継ぎ合わせた感じ。「存在」と「不在」とを四次元的メビウスの輪という感じで結びあわそうと試みているような印象をもった。

 その不可能性の試みは、いくつかの半ば放り出されたようなストーリーが乱反射するなかで次第に高まっていき、大きな謎のようなストーリーの空白とともに「存在」と「不在」が結び合わされる予感とともに終わる。

 現代は、「不在」に気づくことでしか「存在」に近づくことがもはやできなくなっているのではないかと思う。しかしそれは、避けて通れないことだと思うし、「不在」に気づくことさえできなければ、もはや「存在」だと思いこんでいるもののなかで、それと気づかないまま自らを亡霊のように生きるしかないのかもしれない。

 「不在」に気づくということは、果てしない「孤独」に身を置くということだ。その「孤独」はもはや「死」でも「生」でもないところへ人を導く。そしてその「孤独」を深めたところで「愛」の可能性が開かれる。キリストが十字架の上で血を流す行為にも比較できるかもしれない。

 キリストは「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。」と言うが、現代において人はみずからの内に「剣」を用意しなければならないのだろう。

 「わたし」はみずからの内に「わたし」を見出すために激しく「あなた」を求める。村上春樹の描く「愛」は、その「不在」にもかかわらず、いや「不在」ゆえに、いつも読者をどこか深いところで勇気づけてくれる。

 

 

 

中村雄二郎「正念場」


1999.4.27

 

■中村雄二郎「正念場 ー不易と流行の間でー」(岩波新書/1999.4.20)

 

 おそらく現代日本でもっとも注目に値する哲学者のひとりである中村雄二郎さんの新刊。1996年4月から98年8月までの間に、「東京新聞」と「中日新聞」に連載されたエッセー「不易と流行」をテーマ別に再編集、補足、追加したもの。

 「正念場」というタイトルは、著者の「私たち日本人一人ひとりがいまやまさに、<正念場>に立たされている」という認識態度からのもので、この世紀末においてこの日本及び日本人のあり方を問い直そうというものではないかと思います。

 著者自身、「あとがき」で次のように述べています。

私は最初から、この連載エッセイを書き、一種の「時代の証人」として身を曝すことで、自分の考え方を鍛えようと思っていた。日本の社会が「正念場」に立っているということだけでなく、自分自身にとっても、あえて「正念場」に立つことを覚語した。

 さて、副題にある「不易と流行の間で」というのは、芭蕉の「不易流行」からのものですが、著者はこの「不易流行」説には以前から強い共感を持っているのだそうです。

 芭蕉の「不易流行」説は、「不易」、つまり永遠不変のものを知らなければ基礎をつくることはできないし、「流行」をわきまえないと新鮮さを持ち得ない、しかもその「不易」と「流行」の根本は一つだということなのですが、中村雄二郎さんの営為のアクチュアリティというのをある意味でよく表現しているように思います。

 現在、岩波書店のインターネット哲学アゴラで、さまざまな問題について各方面の方々と毎週交わしている議論に見られるように中村雄二郎さんの営為は常に「今」という「流行」にありながら、その「流行」のなかに「不易」を見ようとしているように思えるのです。

 本書には、まさに「今」という「流行」のさまざまなテーマがさまざまな角度からとりあげられています。そしてそのどれもが、「深み」をもって「不易」そのものとなっています。今回の新刊は、岩波新書という手軽なものなのですけど、そういえば、この岩波新書での中村雄二郎さんの著書というのは「哲学の現在」「術語集」「術語集II」「臨床の知とは何か」などとりわけどれも「不易」と「流行」がスリリングに出会っているようなそんな印象の深いものばかりだということをあらためて思いました。

 


 ■「風の本棚19」トップに戻る

 ■風の本棚メニューに戻る

 ■神秘学遊戯団ホームページに戻る