風のトポスノート818
夢うつつを同時に生きる自由(「自分をデザインする」ノート10)
2012.7.17



   ヘアデザイナーとして働いていたころ、自分のなかでサロンにおける進化、
  アトリエにおける進化が平行して進んで行った。それは「夢うつつ」のような
  話である。サロンというリアルビューティーの世界では、美は「うつつ」だ。
  市井で生活する中で、いかに美しい範囲を見定めつくるかが求められる。一方、
  アトリエにおける美は「夢」である。生身の人間という拘束はあるが、その拘
  束に則ってさえいれば、どこまでも表現することができる。この両方の表現を
  自分の中で同時期に体験したことが、いま非常に役立っている。
   あるときは「うつつ」で、次の時間は「夢」で、その次は「うつつ」ーーと
  いう感じで勉強や体験の時間が続くと、発想の仕方が変わり、「夢うつつ」両
  方の視点で考えるようになる。絶えずリアルワールドとファンタジーワールド
  を同じ時間軸で体験していることで、「この表現は、一般の感受性の中にはい
  っているだろうか、飛び越えているだろうか」「飛び越えているとすれば、ど
  のくらい飛び越えているだろうか」「飛び越えたことで、一般はどう感じるだ
  ろうか」など、その関係を常に意識している状態の脳になったという感じだ。
  (・・・)
   拘束があることは重要だ。仮に「すべて自由だよ」と言われたとしても、僕
  は「いや、絶対にそんなことあるはずない」というふうに思う。この世の中に
  完全な自由はないと思っているのだ。小さい頃に立ち戻ると、不定型なところ
  から教育された僕は、アンチ定型という考えを抱き、それが「拘束ありきの自
  由」という概念に変わったのではないかと思う。そのプロセスにおいて、「二
  重性」すなわちファンタジー、リアリズムという両面を同等に学んだため、
  「定型=拘束」という仮想敵を設定するようになったのかもしれない。それを
  設定することによって自由になろうとしているのが、僕の技術論というか美学、
  方法のように思う。
  (柘植伊佐夫『さよならヴァニティー』講談社2012.4.5発行/P.202-204)

ヴィダル・サスーンがこの5月に亡くなった。
ヴィダル・サスーンは、美容理論をはじめて構造的にくみ上げたイギリスの美容家。
ちょうど映画『ヴィダル・サスーン』もその5月から公開されている。
(ぼくの住んでいるところでも、やっと上映されはじめたところなので、
時間があれば観てみたいと思っている)

柘植伊佐夫がヘアデザイナーの道に進んだ頃は、ヴィダル・サスーンの全盛期。
1990年に柘植伊佐夫が「第1回日本でヘアデザイナー大賞」を受賞したときの副賞として、
イギリスのBritish Hairdressing Award授賞式に招待されたとき、
プレゼンテーターのヴィダル・サスーンとはじめて会い、一緒に記念写真をとったという。

ヴィダル・サスーンは、柘植伊佐夫にとって、「古典物理学」的な存在であり、
実際に会えたことが、その「古典物理学」との「別れ」でもあったというのが面白い。

「仏陀に逢ったら仏陀を殺せ」とは意味がちょっと違っているけれど、
ある意味、自分を育ててくれた基本的なもの(「守」)を
いかに「破」することができるかということは、とても重要なことだろう。
そうでなければ、そこから真に「離」れ、独自な道を歩むことはできない。
父的な存在、母的な存在にしても同様で、
いつまでもそこにしなみついているだけでは、どこにもいけない。

さて、夢とうつつである。
夢かうつつかといえば、荘子の胡蝶の夢を思い出すが、
この世は果たしてうつつなのか夢なのか。
夢こそうつつではないのか、夢から覚めるということは、
むしろうつつにいる自分が夢見ているのが、今のこのうつつではないか。

そう考えてみると、
うつつとしてのリアルワールドと夢としてのファンタジーワールドは、容易に逆転する。
夢なのかうつつなのか。
その両者は、おそらくは同時にとらえることではじめて意味を持つのだろう。

それに、「定型=拘束」というコンセプトを合わせて考えてみると、
この地上における肉体を持った存在という「定型=拘束」が、
いかに自由のために存在しているかということも理解される。

私たちは、うつつとしてのリアルワールドにありながら、
同時に夢としてのファンタジーワールド、
ひいていえばを霊的世界にも同時存在している。
その同時存在的なあり方こそが、
アーリマンとルシファーの間を歩むキリスト的な道でもあるのだろう。