風のトポスノート800
見えないものを見、聞こえないものを聴く
2012.3.15



  眼に見えるものが隠している
  眼に見えぬもの
  
  ・・・

  闇は無ではない
  闇は私たちを愛している

  光を孕み光を育む闇の
  その愛を恐れてはならない

  (谷川俊太郎 詩「闇は光の母」より/「SWITCH」APRIL2012TRAVEL ISSUE)

「SWITCH」から特別編集による
「山口智子ーー旅の掌編 行き交う音の文化を求めて」が出ている。
巻頭に、編集長・新井敏記のこんな言葉が置かれている。

   見えない世界を感じることなんてできないと思った。
  今都会に生きて便利が道具に頼っている私たちにはあま
  りにも失ったものが多い。
   山口智子は見えない世界に価値を置くために闇を旅し
  たいと願った。

「スイッチ・パブリッシング」からでていた「coyote」という雑誌の
No.3号(2005年1月号)の特集が、
「島を漕ぎ出で/山口智子さん、日本人の叡智を探す海洋の旅にでかけませんか。」
だったように、山口智子は「SWITCH」と近しいらしい。

今回の特集号は、BS朝日が2011年1月から放送している
「LISTEN 1001」の音楽・紀行ドキュメントの雑誌版。
この番組は、山口智子が立ち上げた企画。
山口智子という人の眼と耳は、
私たちがもはや見えないと思い込んでいるものを見、
もはや聞こえないと思い込んでいるものを聴く力を持っているらしい。
実は、この特集号が出るまで「LISTEN 1001」のことを知らないでいた。
残念だが、Episode7が2012年3月21日に放送されるそうなので、ぜひ見ておきたいと思っている。

私たちは、「見えない世界を感じることなんてできないと思った」り、
聞こえない世界を感じることなんでできないと思い込んでいはしないか。
もちろんそのきっかけとして、それなりの場所を旅することもそのひとつだが、
大事なのは、まず思い込みを外してみることではないだろうか。
「超感覚」とまでいう必要はない。
「できない」「ない」という思い込みさえ外せば、
さまざまなものからさまざまなものを感じ取ることは、
おそらく思いのほか、やさしいことだ。

そもそも、大事なことは、その多くが目に見えたり、聞こえたりするものではない。
愛したり、希望をもったり、勇気をもったりすることもそのひとつだ。
視点を変えるだけで、見えない世界、聞こえない世界のほうが
ずっと広大であることがわかる。
空の星を見上げるだけで、そこに見えない世界、聞こえない世界が広がっている。
カントの墓碑銘には、「我が上なる星空と、我が内なる道徳法則」とあるそうだが、
(もちろんカントのように認識に限界を設けるのはよしとするべきではないが)
どちらもそれなりの感受性をもって「気づく」ことはできるはずだ。

最初に引用した谷川俊太郎の詩にある
「光を孕み光を育む闇の その愛を恐れてはならない」ように、
私たちは、見えないもの、聞こえないものを恐れているのかもしれない。
その恐れとはいったい何だろうか。
隠された(と思い込んでいる)ものへの恐れだろうか。

私たちは、見るために、そして聴くために、
私たちのなかに光を音を見つけなければならない。
おそらく私たちのなかにそうしたものがないと思い込まされて
外からそれらが強くやってくるのを待つことに慣れすぎているのだろう。
昼の光のもとでは、天空の星座が隠れて見えないように。
しかし、昼の空にも星たちはしっかりと輝いている。
騒音のなかで聞こえなくなっている声もしっかりと響いているはずだ。