風のトポスノート766
下にいったことがなければ上にはいけない
2010.9.23



  下にいったことがなければ
  上にはいけない・・・・
  右にいったことがなければ
  左にはいけない・・・・
  絶望したことがなければ
  本当に大事なことはわからない
  (ハロルド作石『BECK 22』講談社/P.100)

現在公開中の映画『BECK』の原作(漫画)から。
出演者であるメインキャラのバンドメンバー5人がイケているのと
ちょうど近場にコミックを持っている人間がいて借りることができたのもあって
ついつい映画を観る前に原作を夜更かしして読んでしまった。
ちょうど主演の水嶋ヒロが芸能界を引退するというニュースも興味深かった。
どんな執筆活動をしていくのかも少しばかり興味深い。

さて、本題。
いいセリフがあったので、引いてみた。
中なる道についてのひとつの重要な視点でもあるからだ。
なぜ芸術が必要なのかということを考えるときの指針のひとつにもなる。

人が成長するということはどういうことか考えてみる。
自分を大地に蒔かれた種だとしよう。
上に茎を伸ばし葉を茂らせていくためには、地下に根を張らなければならない。
地上でも左右にできるだけ広く枝を伸ばしたほうが安定し、
光もたくさん受け取ることができる。
光がなにかの加減で遮られてしまったとき、
枝は光のほうに伸びていこうとする。
水が不足しがちなときは、その根を伸ばして生きのびようとする。

そのように、人は上に向かってだけひょろひょろ伸びていくわけにはいかないだろう。
生きていくためには根から養分を水を吸い上げるように、
みずからの地下的な方向から光に向かう力を養っていく必要がある。

物語を読むとき、
ときおり主人公の迷いや挫折に目を覆いたくなるときも、
悪意をもった存在の妨害に腹を立てることもあるが、
それでも魅力的な物語は、
努力するかぎり人は迷うものだというゲーテのことばのように、
さまざまな紆余曲折の果てに何かを見出す主人公とともに生きることを可能にしてくれる。
下にばかり行きすぎる物語も上にばかり目を向けた物語もあるが、
そうした物語にはどこかついていけないものを感じてしまうことがある。

「本当に大事なこと」とはいったいなんだろうか。
それを問うためには、問い続けるためには、
みずからの存在を大きくしてくれるなにかが必要になる。
おそらく深い悲しみや絶望を、それに呑み込まれないで
変容させていくことが大きな力になるのだろう。
自分の小さな闇にも目をそらしてしまうとき、
人は知らずそうした力をみずからスポイルしてしまっているのかもしれない。
魂の足腰を鍛えたい、切にそう思う。